題詠2012選歌集(その27)

         選歌集・その27


004:果(167〜191)
(ezmi)無花果を裂いては指を濡らしつつ彼を育てた庭をみている
今泉洋子)誰も見ぬ御衣黄桜のまみどりが若葉に溶けていつしか果てぬ
(長月ミカ)君がゐる海は果てなく蒼からむ我が前にある樹海の如く
(西巻真)バス揺れて果実が二つ落ちゐたり標(しるべ)なきこの夏の空(うつ)ろに
(砂乃)とりあえず今の成果を知りたがる こどもは待てぬ生き物だから
(冥亭)したたるは血の色ならぬ水菓子の紅き果実を分つ汝が指
(ネコノカナエ)満月が果実のようにゆっくりと雲の川面を流れていきます
(田中ましろ)おやすみを言えないままに傷ついた果実じわりと香りたつ朝
(詩月めぐ)ペンギンの見上げる先はいつか見た果てなく続くふるさとの空
005:点(164〜188)
(鳥羽省三)燭点し夜陰の奥に分け入れば桜降り敷く吉野象谷(きさだに)
(ぱぴこ)点描画みたいに日々が集まって君の笑顔の絵になればいい
(田中ましろ)机・椅子・あなたの順で点線にそって切りとる そこにひだまり
(詩月めぐ)出発点だったふたりのあの朝の空の色だけまだ覚えている
006:時代(155〜179)
(葉月きらら)あの頃は良かったねなんて言えなくて時代遅れな歌くちずさむ
(出雲もこみ)時代屋の女房みたいに出会えるとまだ見ぬ人を待ち続けている
011:揃(127〜151)
(RIN)前髪を揃へて卯月掌に熱ある未然形を握りて
(朱李)並べてもいつか崩れるそれが常ならば揃えて括ってやろう
(浅見塔子)揃わない前髪ごしに君を見る私の恋はまだ檻の中
(砂乃)前髪を切りそろえればおかっぱの少女に戻る18歳の吾子
(ミカノ)登り棒下に散らばる靴揃え 空に近づきゆく子を仰ぐ
012:眉(131〜156)
(浅見塔子 )もう誰も好きにならない今日こそはきつめに眉をひいて旅立つ
(葉月きらら)弧を描く貴方の眉を中指で辿ってみてもそれだけの距離
013:逆(126〜152)
佐藤紀子)長靴の左右を逆に履きゐし児 父親となり娘を叱る
(ワンコ山田)新緑の頃を過ぎてもやりとりを逆行させて見る春の夢
(葉月きらら)運命に逆らうように遅咲きの花もてあそぶ青春の時
(たえなかすず)言えぬことやはり言えずに七歩目で走り出したり逆風のなか
019:そっくり(104〜130)
(音波)父さんにそっくりな目で世の中を見ていることに気づく月曜
(砂乃)電話口「しあわせですか?」のセールスにそっくりそのまま返す日曜
(ぱぴこ) そっくりが縦にも横にも連なって予測できない明日をつくる
(ミカノ)手伝えば「自分でやりたかったの!」とそっくり返る二歳児の自我
020:劇(103〜127)
佐藤紀子)「劇中の役と思ひて切り抜けよ」我のピンチに友は言ひたり
(ワンコ山田)ふりだしは劇的な言葉Tシャツの乾いた胸に真っすぐ届く
(ぽむ酢)毎日が劇だったなら我を書く作者はよほど気まぐれらしい
(葉月きらら)優しさと言う劇薬を飲まされて肩まで抱かれ落ちていく夜
029:座(76〜100)
佐藤紀子) おかっぱで座敷わらしのやうなりき五歳の頃の末の娘は
030:敗(77〜101)
(かげいぬ)敗因はちいさなちいさなジェラシーと変化を捉える僕のアンテナ
(白亜)われらみな敗者なるべし たまきはる命の露と消ゆるかのとき