題詠100首選歌集(その54)

          選歌集・その54

025:触(152〜176)
(龍翔)触れ方で君だと分かる程度には私も大人になってしまった
(ちょこま)心音を切り取るように触れてみる夜が移ろう頃のわたしへ
(睡蓮。)もう僕は君の心に触れるまで迷わず行ける夜を背にして
(ひいらぎ)触れたくて伸ばした手のひら空中で彷徨うだけのしんとした夜
(小倉るい)霞みゆく氣車の尾灯(テール)を送りたり触れてはならぬ柔肌もある
036:右(127〜151)
(青山みのり)よく吠える犬を無視してその角を右に曲がればじきに冬です
(飯田彩乃) 不用意に傷ついている右足の小指を日がな慰めている
037:牙(126〜150)
(RIN) 瓦解せし牙城の肋骨(あばら)の隙間より福島の空の変わらぬ蒼さ
(吉里)若き日はむき出しだったその牙を小さく笑い隠してるだけ
(小倉るい)城跡の石垣に咲くたんぽぽの牙あざやかに雲をとらえる
040:勉強(126〜150)
(さとうはな)「嫌い」って勉強机につっぷした巻き戻せないあの夏のこと
041:喫(126〜150)
(新藤ゆゆ)漫喫は半音ずれた静寂と寒気をふくむ冬の季語です
(ネコノカナエ)つかの間の日なたを満喫して雪の朝を列車は海へと走る
(飯田彩乃)喫煙車に喫煙者らのひしめいてホロコーストのはじまりは春
(鮎美)副顧問定年ののち喫煙室の窓の濁りの色ふかまらず
043:輝(128〜152)
(杜崎アオ)着床のごときしずかな告知にてふたりで渡る河の輝き
(黒崎聡美)蜘蛛の巣はしろく輝きわたしから生まれるものは何ひとつない
(青山みのり)輝きを取り戻すため歩きましょうと微笑む破れかけのポスター
(ひいらぎ)輝いているあの人を見つめてる百万分の一人になって
057:紐(102〜126)
(青山みのり)荷造りの紐のごとくに秋空を細く束ねる飛行機の雲
085:甲(76〜102)
(紗都子)甲虫を追わなくなった君の手にそっと抱かれる『数学ガール
(南野耕平)長いことかけてこさえた自らの甲羅をおろすような微笑み
(山本左足)年の功より亀の甲 オヤジでもひとり泣きたい夜ぐらいある
090:舌(76〜102)
(三沢左右)母に似てくちびる薄き子その赤き舌先見せて笑みかはすとき
091:締(76〜102)
(ワンコ山田)背中から抱き締められて聞く声の嘘ならとっぷり溺れてもいい
(小夜こなた)締め出したものは何だったのだろうしあわせな二人きりの食卓
今泉洋子)秋鯖の生きのいいので締め鯖を作りし宵は熱燗にする