題詠100首百人一首

         平成24年・題詠100首百人一首


001:今
 (粉粧楼) 手の中の今川焼きは冷めてゆき人待つ午後はいつでもひとり
002:隣
(槐) 寄り添ひて甘えて拗ねて触れあひて隣りあはせの嫉みを隠す
003:散
 (鳥羽省三)葉桜の村一軒の散髪屋 五人目の胎児(こ)を孕めると言ふ
004:果
(穂ノ木芽央)成果主義に食ひつぶされしわかものが非常階段あゆむ真夜中
005:点
 (飯田和馬)今日の日を点描法で描くよう君とメールを交わすひと時
006:時代
(飯田彩乃)あかんべえの舌すこしずつ乾かして時代の風が吹き抜けてゆく
007:驚
(藤崎しづく)驚いたくらいでぎゅっと抱きついて甘えてしまうわたしでいたい
008:深
(西中眞二郎)公園のベンチに枯葉の一つ落ちて霧深き夜の人影動く
009:程
(本間紫織) あどけない少女が蝶に変わりゆくための過程でほどくみつあみ
010:カード
 (紫苑)カード引く指に力の籠もりきて幼なき目より笑ひ消へたり
011:揃
(田中ましろルービックキューブ揃えてしまったら世界が終りそうな夕焼け
012:眉
(真桜)制服を仕舞って大人ぶってみる初めて眉を引いた三月
013:逆
佐藤紀子)長靴の左右を逆に履きゐし児 父親となり娘を叱る
014:偉
(北大路京介)神よりも偉いのだけど蟻よりも偉くないのだ四十二歳
015:図書
(なまにく)文部省推薦図書の感想が書けないままで大人になった
016:力
(村田馨)薫風や浴衣の裾をはためかせ両国橋を力士が通る
017:従
(紗都子)血縁をあわくにじませ従姉妹たち駈けおりてゆくたそがれの坂
018:希
(フユ)希少価値なんですなんて言われたら この前髪を揃えられない
019:そっくり
(星桔梗)笑みかける瞳の在り処がそっくりであなたの事をまた思い出す
020:劇
(葉月きらら)優しさと言う劇薬を飲まされて肩まで抱かれ落ちていく夜
021:示
(たえなかすず) スイマーは恋のさなかにターンせり空の一点示すつまさき
022:突然
(椋)突然の雨さえ心躍らせる 菜の花誘う庵への道
023:必
(砂乃)父さんの「あれはどこだ」は母さんの通訳がいつも必要となる
024:玩
(はこべ)幼子はごみ箱の紙とりだして玩具にしておりただひたすらに
025:触
(たつかわ梨凰) 幸せの手触りだけを教えつつ通り過ぎゆく春の潮風
026:シャワー
(蓮野 唯) シャワーなど浴びるなと言い背を向ける貴方の誘いに乗ってみようか
027:損
(南野耕平)含み損かかえたような関係が織りなす色も人間の色
028:脂
(夏実麦太朗)先輩の同じ話を聞きながら豚の脂身きれいにはがす
029:座
(東 徹也)名画座の映画の街をガタゴトと走る電車のような行く末
030:敗
(久野はすみ)百七十九連敗の馬も居しパドックにふるまぶしきひかり
031:大人
(芳立) ぬけがらの影絵がふたつ寄りそへば大人の恋になるはずだつた
032:詰
(南葦太)木曜は不燃ごみの日 部屋中に散らかる”なぜ”を袋に詰める
033:滝
(湯山昌樹)水煙に滝見台ごと包まれて誰もが縦でシャッターを切る
034:聞
(遥) 人づてに聞いた話を楽しげに語る横顔少女に返る
035:むしろ
(みずき) 近くよりむしろ遠くで感じたきダリの絵かかる壁のうす闇
036:右
(横雲)ほんのりと歌右衛門注(さ)す頬紅の艶の偲ばる鬱金(うこん)咲きたり
037:牙
(七十路ばばの独り言)牙向ける人も場面も年ごとに少なくなりて後期高齢
038:的
(青野ことり)あまりにも的を射ていて言い返すこともできない 瞳には空
039:蹴
(廣珍堂)新雪を 蹴散らし遊ぶ 子供らへ 始業の予鈴 控えめとなる
040:勉強
(じゃみぃ)勉強をしたと思えば安いもの酒と女と美味しい話
041:喫
(こはぎ) 別々に歩き始める場所として選んだ雨の日の喫茶店
042:稲
(中村成志)いつまでが早苗でいつから稲でしょう田んぼの上はどこも空だけ
043:輝
(やや)じゃあねって笑って見せるつよがりに輝きを増す北斗七星
044:ドライ
(磯野カヅオ) 亡き人の横で役所の手続きとドライアイスの値引き求むる
045:罰
(吾妻誠一)髪切れば罰ゲームかと囁かれ気圧変化に頭が重い
046:犀
(裕希)青空に運動会がやってくる金木犀のかおりにのせて
047:ふるさと
(ちょろ玉)折り鶴を折り目ただしくほどきゆく遠きふるさと思い出しつつ
048:謎
(ゆこ)母からのメールはいつも謎解きで打ち間違いも噛み噛みだらけ
049:敷
(ネコノカナエ)敷布団の端が冷たいこんなふうに冬は突然深くなるもの
050:活
(コバライチ*キコ)紫陽花を一輪活けし床の間に移ろう翳のまろき虹色
051:囲
(梅田啓子)フラ踊る少女を囲みカメラマン腰のうごきにシャッターを切る
052:世話
(青山みのり)生ゴミに大事なものを捨てたこと下世話な月がじっとみつめる
053:渋
(ひじり純子)あのころの我より大人になった娘(こ)が渋谷のハチの写メ送りくる
054:武
(ワンコ山田)脳内の武闘派たちを宥めては探して探して大人の台詞 
055:きっと
(シュンイチ) きっとまたあなたに恋をするために捨てないでいる真夏の時間
056:晩
(nobu)晩餐に着てゆく服が見当たらず かぼちゃの馬車もなお見当たらず
057:紐
(ほたる) 肩紐がいつもはずれてしまうから肩肘張って生きてゆきます
058:涙
(三沢左右)フレームの細い眼鏡に一粒の涙を溜めている夏の午後
059:貝
(莢豆)花庭(ガーデン)に植え込まれたる貝殻があの日の事を思い出にする
060:プレゼント
今泉洋子)プレゼント買ふこと多き地酒屋に今日はわがため「鍋島」を買ふ
061:企
(秋)月曜日 企業兵士に生まれしや軍靴の音に似た打鍵音
062:軸
(鮎美)床の間の天神様の掛軸を仕舞ひて我が家の正月終はる
063:久しぶり
(はぼき)何気ない「お久しぶり」のひと言が二人の距離を表している
064:志
(葵の助) 「賞与」ではなくて「寸志」をいただいた非正規雇用の冬、30歳
065:酢 
(ひいらぎ)酢の物も作ってあとは待つだけで深夜ラジオに耳傾ける
066:息
(もふ)六十の母は半値で映画見るわが隣にて寝息たてつつ
067:鎖
(アンタレス)吾が命守る酸素の鎖あり繋がれしまま自由うばわる
068:巨
(秋月あまね) 喘ぎにも似たり巨木のうろの中吹き込む風のつくる絶唱.
069:カレー
(映子) 四畳半 裸電球 ちゃぶ台の  「カレー」 って名の 「しあわせ」 あった
070:芸
松木秀)げいと打つと最初にゲイと出てきたるわがパソコンの辞書に芸あり
071:籠
(柳めぐみ)ゆすらうめ籠いっぱいに摘み終えてふりむくと父が消えていた、夢
072:狭
(ケンイチ)朝な夕なくれなゐの影さす山の狭間に暮らす夏はゆきたり
073:庫
(杜崎アオ)変わらない庫内温度にきょうからは冬限定のチョコ積まれゆく
074:無精
(山本左足)無精ひげだけが静かに伸びてゆく一人暮らしの秋のゆうぐれ
075:溶
(流川透明)ハート型したお砂糖を溶かす時魔法使いになる女の子
076:桃
(壬生キヨム)桃色の便せん選ぶ結局は机にしまっておくだけのため
077:転
(白亜)波寄れば浮輪ひとつが転びをり 夏の終はりのゆるやかなこと
078:査
(猫丘ひこ乃)川沿いを歩けば白い自転車に乗った巡査が過ぎる夕暮れ
079:帯
(晶) 雨樋に 鳥の来たりて目覚めれば 白み帯ぶ空に明けの明星
080:たわむれ
(牧童)葉牡丹の中で二人でたわむれて眠りつきたや飛べないツバメ
081:秋
(桑原憂太郎)来春の仮契約を期待してまずはメールで秋波を送る
082:苔
(黒崎聡美)苔玉のならぶ雑貨屋そこだけが霧雨のまま夕暮れてゆく
083:邪
(円)そのほかはすべて邪推となるゆえにストローだけが踊るテーブル
084:西洋
(さとうはな)産まぬことひとりで決めた冬の日に西洋梨はかなしいかたち
085:甲
(tafots) 生黄泉の甲斐の地へ入る 甲斐の地はどこからも山どこゆくも山
086:片
(矢野理々座)片方の手にはあなたがくれた傘 だから私は雨の日が好き
087:チャンス
(龍翔)前髪しかないチャンスの神様がスタイリストを困らせている
088:訂
(久哲)折々の世相に合わせ妖怪の改訂版が出てくる夜道
089:喪
(出雲もこみ)家を出て初めて買った洋服はいつか来る日の喪服一式
090:舌
(小夜こなた)ペコちゃんはすこしさみしい ポコちゃんに舌なめずりをたしなめられて
091:締
(浅草大将)一締めの千代紙むなし群鶴を折り初めにしに君逝きたまふ
092:童
(五十嵐きよみ)童話なら三人姉妹の末っ子はいちばん賢く素直だけれど
093:条件
(不孤不思議)何もかも条件しだいと告げられて相手の腹を無言で探る
094:担
(平和也) 次くれば担々麺と思いつつ醤油をたのむ初めての店
095:樹
(熊野ぱく)人生の終わりを覚悟せぬままに樹海の底を散歩している
096:拭
(津野)清拭の青いタオルが冷えぬ間に開かない窓に溶ける初雪
097:尾
(村木美月)私にも尻尾の名残があるようで嬉しい日には無意識に振る
098:激
(小倉るい)ちょっとだけ刺激のほしい日曜は庭木にのこぎりを押しあててみる
099:趣
(ありくし)憂寂の午にはひるの趣が ぬるい芒果一口喰らう
100:先
(原田 町)堂々と優先席に座わればいい白髪と禿げのわれと連れ合い