題詠100首選歌集(その9)

         選歌集・その9


001:新(106〜130)
(鳥羽省三)この街の新参われにサンクスの深蒸し煎茶はあまりに苦し
(熊野ぱく)新築の玄関にある一足の靴は昨日の形で眠る
(橋田 蕗)どこかしら服が歩いているような新入社員の春のあかるさ
(やや)これまでの不協和音にふと気づき一歩踏みだす新月の夜
006:券(76〜100)
(千束)途方もなく未来のことを託される前売り券が重たくて春
(五十嵐きよみ)捨てられぬうちに溜まった半券の一つ一つに思い出がある
(山本左足)乗車券を栞にかえて少年はねむる海まで行くバスのなか
佐藤紀子)食券を求めて席に座りたりキャナルシティーの喧騒の中         009:テーブル(56〜84)
(諏訪淑美)テーブルを笑顔で囲む人々の心の裏を悪魔が覗く
佐藤紀子)テーブルに地図を拡げて確かめる昼間歩きし虹の松原
(廣珍堂)細き脚 テーブルの下に 触れ来るも コーヒー占い いまだ終はらず
(稲生あきら)幸せな恋人たちに囲まれて窮屈そうなテーブルの花
(はぼき)新しい朝を一緒に楽しもう並べる白いテーブルウエア
ウクレレ)テーブルの下で絡めたゆびとゆび しばらく左利きで過ごそう
012:わずか(51〜75)
(千束)あなたへの思いは全部掻き消してわずかな隙間埋める墨色
(梅田啓子)わずかだが確かに違うと知りしのち { あいまいにする }  { うやむやにする }
(中村成志)高塀がわずかな雨に濡れながらエンジン音を吸いとってゆく
(五十嵐きよみ)売れっ子で知られたロッシーニでさえも今なお人気のオペラはわずか
(橋田 蕗)告げられし余命に対(むか)う父あれば「わずか」と「もう」の間にゆらぐ
013:極(51〜76)
(梅田啓子)「極道は怠けもんのことながよ」  高知に行けばわれは極道
(民谷柚子)極めれば祈り たとえばきみの背に冷えたひたいを預けることも
040:誇(〜25)
(シュンイチ)青空を切り取ることができるのが都会に暮らすちいさな誇り
(はこべ)誇りもちエンジニアらが築きたるプラント高く異国にそびゆ
(船坂真桜)俯きはしたが目尻をつたうもの見せずいたことだけ誇らせて
041:カステラ(〜26)
(藻上旅人)カステラと紅茶とともに過ごす午後日差しも少しやわらかくなる
(みずき)カステラをふふみて暫し春愁の胸ゆるらかに偲ぶ思ひ出
(砂乃)眼鏡橋 松翁軒のカステラを出張のあと探す長崎
(美穂)顔だけを見せてくれればいいなんてそうはいかぬとカステラを買う
兵站戦線)カステラを食ぶ裏紙をはがす時少年の日を思い起こしてをり
042:若(〜25)
(藻上旅人)若い頃訪ねた街の鉄道がすでに走ってないことを知る
(新井蜜)若しきみに青い翼があつたならわたしは毎夜むかへ火を焚く
兵站戦線)若きらの言葉につながる明日をば重ね合わせる過ぎ来し日々と
047:繋(〜25)
(みずき)ときめきを斯くけざやかに繋ぎたる携帯のベル土曜日の雨
(さわか)携帯の番号を消し繋がれた鎖を徐々にはずす行程
(有櫛由之)花びらの列は蟻へと繋がりて折りたたまれて穴にしまはる
(美穂)自分から過去の繋がり絶ちながら訪ねてみたくて鈍行に乗る
052:ダブル(〜25)
(みずき)バーボンのダブルに泛ぶ春愁を気怠くふふむ夢二の女
兵站戦線)生きるとは切ないものだ人生はダブルキャストの交差する劇