題詠100首選歌集(その14)

        選歌集・その14


004:やがて(103〜127)
(葵の助)「ほっとけば赤子はやがて泣きやむ」の「やがて」が来ずにまた授乳する
ウクレレ)さよならはやがて羽化して曇天に紛れて消える白蝶になる
005:叫(101〜125)
佐藤紀子)指宿に向かふ急行「たまてばこ」叫ぶがごとく汽笛を鳴らす
(星乃咲月)叫び声ひとつ分だけ詰め込んだジップロックがいま舞い上がる
(やや)いつだって桜咲く空あかるくてわたしのままで叫んでみたい
(新藤ゆゆ)死ぬことと生きることとをゆるされた無音で叫ぶような口づけ
017:彼(51〜75)
佐藤紀子)彼岸かと思ふばかりの穏やかさ如月なれど指宿は春
(梅田啓子)「飢餓海峡」の男の爪は太かりき汚れ曲れる彼の日の爪よ
(廣珍堂)ぼたもちを ふたつ供えて 彼岸ゆく 夕陽をかへす 温い墓石に
(葵の助)実感がない2日目の横顔に心で「彼氏」とつぶやいてみる
(はぼき)忘却の「彼方」と「此方」境目はどこなのだろう頬づえをつく
019:同じ(51〜75)
(梅田啓子)寝ころびて母の肩抱くわかき父 記憶の顔は写真と同じ
(廣珍堂)にぎやかな 電話の向かふ 級友は 二十歳の頃と 同じ薄紅
(五十嵐きよみ)ハバネラの同じところを繰り返す叔父の好んだ古いレコード
(椋)君想う同じ分だけ想われたい 腕を絡めて小さく甘える
(miki)端々に母の口調と仕草まで 同じと気付く良くも悪しくも
035:後悔(26〜50)
(コバライチ*キコ)後悔とふ海に溺れし日もありき打ち寄せる波のいまは穏やか
(不孤不思議)後悔の上に後悔かさねつつ古稀に二つを重ねて五月
(お気楽堂)めずらしく己の性(さが)を後悔し素直に詫びるクリスマス・イブ
(莢)後悔をしたことのない人の目が空を胸まで引き寄せている
(こはぎ)ありふれた後悔でした半年の恋が無言で萎む屋上
(ひじり純子)後悔はすこうし苦い飴に似て早く溶かそと急いで舐める
(湯山昌樹)時折は叫び出したくなることも 後悔多きわが五十年
(山本左足)後悔はしても反省しないからいつもおんなじミスばかりする
036:少(26〜50)
(コバライチ*キコ)いつの間に少女になっていたんだね五月の風に髪なびかせて
(廣珍堂)携帯に 返事が来ない 少女にも 夕暮れは来る スターバックス
(お気楽堂)友達と言われて挙げる少数に秘して加えぬ切り札がある
(莢)悲しみが少し多いと思う日はきのうの眠りの深さを思う
(山本左足)冒険の書が消えた夜少年はひとりぼっちで大人になった
037:恨(26〜50)
(不孤不思議)恨みなどもてば悲しき恨み草 胸の畠で引き抜いている
(コバライチ*キコ)過去のこと水に流せと言ふ君も恨みつらみのひとつはあらむ
(湯山昌樹)恨むならわれを恨まん あの角で曲がりそこねたあの日のわれを
039:銃(26〜50)
(こはぎ)やわらかな銃を打ち合う春の日のどこまでも退屈な教室
(葵の助)駆け抜ける散弾銃を撃つような雨の向こうに夏のくちばし
067:闇(〜25)
(遥)お洒落とは無縁だけれど故郷には星の瞬く暗闇がある
(シュンイチ)だれもいないグランドに闇訪れて際立つホームベースの白さ
(浅草大将)聖堂をすすむ光のひとすぢに闇をきりすとよみがへる見ゆ
(桃子)雨の闇まとってなおも白く咲く くちなしの花香り切なく
(有櫛由之)まどろみに闇澄みわたり言の葉は蛍のとぼるやうにうまれぬ
069:視(〜25)
(映子)いつからか絡んだままで離せない君の視線につかまえられて
(みずき)画集から逸らす視線に残りゐしゴッホの向日葵激しくもあれ
(浅草大将)鷲の目にヨハネも見しか幻視にもましていかしきパトモスの朝
(船坂真桜)愛してと視力検査の輪の切れ目手探るように声絞り出す