長官人事は法制局骨抜き狙いか(朝日新聞「声」)

 今日の朝日新聞・東京本社版の「声」に私の投稿が載ったので転載する。投稿後、同紙に類似の論説・記事・投稿がいくつか載ったので、少々新味に欠けるという気がしないでもないが・・・。
 若手課長のころ内閣法制局参事官として4年余り勤務したこともあり、またその後、トップ要員として再出向するという話もあったので、一市民としての感想だけでなく、自分自身にかかわりのある問題だという意識も抱いて投稿したものである。
 なお、最後の集団的自衛権に関する懇談会の人選の偏りは、2007年4月の「声」に掲載されたことがあり、同年4月29日のこのブログに転載している。
(タイトルや内容で、私の原文と異なっている部分もあるが、概ね原文に沿って編集されているので、ここでは原文にこだわらずに、掲載されたものを載せることにする。)


長官人事は法制局骨抜き狙いか
           無職 西中眞二郎(東京都 75)


 安倍政権はこれまでの慣例を破って、内閣法制局長官に外務官僚を充てる人事を決めた。集団的自衛権に関して否定的見解をとってきた内閣法制局の骨抜きを狙ったものだと思われる。
 一般的な政策論であれば、政権が考えを貫くことは当然だろうし、人事面でそのための権限を行使することも容認される場合が多いだろう。しかし、憲法解釈は政策論とは異なり、時の政権の恣意によって左右されるべきものではない。
 政府見解の積み重ねの上に現在の憲法解釈が成り立っており、内閣法制局のこれまでの姿勢もその上に立っているものだと思う。 
 もとより、内閣法制局も政府の一部門であり、憲法解釈に最終的な権限をもっている存在ではない。しかしそれだからと言って、政権の意図のままに動かそうとすることには問題があり、ましてや人事権の行使により政権の意向に沿わせようという権力的姿勢は容認しづらい。
 首相の私的諮問機関による集団的自衛権の協議も本格化するようだが、これも政権の意を体した偏った人選だと思われる。憲法解釈までも意向通りに動かそうという安倍政権の権力志向に危惧を抱かざるを得ない。