題詠100首選歌集(その40=完結)

 残りの選歌がやっと片付いた。それぞれの題の残りの在庫は概して少なかったとは言え、100題すべての選歌となるとやはりかなりの重荷である。例年と同じ感想だが、思った以上に時間が掛かり、やっと先ほど完成したところだ。
 順調に行けば、明日は「前夜祭」を書き、明後日に「百人一首」を載せる積りなのだが、果たしてうまくことが運ぶかどうか。特に今年は完走者の数が100人に達していないので、候補者をどう選抜するかが難問だ。例年通りの完走者に加えて、例えば選歌集に5首以上選んだ方を候補にするといったやり方をするのかなとも思っているのだが、こればかりはやってみないと判らない。去年までの手法が通用するのかどうかも自信がないし、それに私自身の年齢のせいか、少し粘りがなくなっているような気がしないでもない。
 それやこれやで、あまり無理をしないペースで、百人一首に取り掛かろうかと思っている。
 1年間、勝手気ままな選歌で、ご不満な方もおられるだろうが、何の権威もない私のあそび心ということで、お赦しを頂きたい。


          選歌集・その40


002:甘(167〜179)
(久野はすみ)甘露飴うっとり頬にころがして眼帯の子と眺める夕陽
(青山みのり)甘みさえもたない水をゆらしつつつまらぬ話にあいづちをうつ
003:各(156〜169)
(七色小鳥)ゆっくりとゆるし合いつつ胸のなかへ各駅停車のやくそくがゆく
(三沢左右)各階に置かれたままの掃除用具 雨降りやまぬ明け方暗し
(綾倉由紀)待っていた急行電車に乗り継がず各駅停車で向かう新宿
004:やがて(153〜170)
(ichiei)厚ぼったい瞼を駱駝は押し上げてやがて知るのだ旅路の終わり
(紙屑)晩年の画家の絵筆の鮮やかさ苦悩もやがて消えると語る
005:叫(151〜170)
真魚)衣替え待つ仲秋の空みればムンクの叫びの背景の色
(七色小鳥)叫ばない花が次々枯れてゆくあいされやすいひとに抱かれて
(青山みのり)叫ばずにオトナになった功罪をあわき飛行機雲にたくして
006:券(151〜164)
(紙屑)乗車券ふやけるくらい握り込む君に会うまで残り二駅
007: 別(152〜160)
yui)特別に思える人と特別でも何でもない日を過ごすと決めた
009:テーブル(135〜152)
(ワンコ山田)テーブルを挟んだ位置が礼儀だとしても隣に座ってしまう
(青山みのり)テーブルの向かいに座るそのひとの夕の波打ちぎわのしずけさ
010:賞(129〜149)
(ワンコ山田)君のこと特記事項か賞罰かどちらかに記す思い出として
011:習(127〜142)
(ワンコ山田)この恋はすこし数値を差し変えた練習問題なのに解けない
012:わずか(126〜142)
(裕希)「いつかまた」わずかな望みを捨てきれず曖昧なまま言葉を濁す
014:更(127〜136)
(莢豆)更新の度に記憶の片隅に忘れられない顔が増えてく
016:仕事(127〜138)
(紙屑)家事よりも仕事がすきな母を持ちおふくろの味知らず生きてる
017:彼(126〜133)
(青山みのり)椅子ばかりふえるリビング 彼岸にはねじれた雲が西へながれる
021:仲(104〜126)
(美亜)「私たち仲良しだよね?」と釘さされ水面(みなも)に落ちる紅葉(もみじ)を見てる
022:梨(101〜124)
(村木美月)大好きな梨花がCM出てるから買いたくなったシャンプーセット
(美亜)煮崩れた洋梨の甘煮噛みながらあなたの嘘をまだ数えてる
(ワンコ山田)お祭りの夜配られて梨の実は滴る波だ駆け足の秋  
(鮎美)君の目の届かぬことをたしかめてやや震へつつ剥く梨硬し
(泳二)真夜中に梨をむく音まっしろなひじに滴る果汁をおもう
023:不思議(101〜124)
(青山みのり)開いても誰も降りないエレベーターホールにあわき影差す不思議
(綾倉由紀)年経れば不思議に気づく事も失せもはや久しく心躍らず
024:妙(101〜122)
(三沢左右)精妙なカーヴ描きて今しがた君の座りしソファのへこみ
(柳原恵津子)神妙な顔で行き先を言い合って庭へと駈けてゆきたり子らは
(綾倉由紀)関越を北に走れば厳冬の妙義山みゆ雪の向こうに
(久野はすみ)一頁落丁のため「奇妙な」で終わってしまう探偵小説
025:滅(101〜123)
(鮎美)純白のフェザーの数多舞ひ下りて仏滅プランの挙式始まる
026:期(102〜121)
(ワンコ山田)構成が違う元素で仕方なく二人のずれて来る半減期
(鮎美)学期とふ区切りもとうに失ひて残り時間は加速してゆく
(久野はすみ)冬の陽のふかく射し込むテーブルにてのひらを置くわが間氷期
027:コメント(101〜118)
(鮎美)回答する立場となれば黙殺す「フリーコメント(任意)」の欄は
(莢豆)「窓の下、見てね」ブログのコメントはそこで終わっている三日前
028:幾(102〜122)
(睡蓮。)思春期は幾つも時代越えるほど長く思えたたかが数年
(鮎美)どこからか意思がまなこが生まれさう幾何学模様より目を逸らす
(綾倉由紀)幾何学の補助線を引く鉛筆の先を削っているような月
(裕季)幾何学の研究メモは四次元の世界を家(うち)に持ち込んでくる
029:逃(103〜119)
(ちょろ玉)いつまでも少年であれ、八月の逃げゆく空に手をふりながら
030:財(102〜117)
(新藤ゆゆ)いつまでも使い慣れないお財布と潮のかおりを持て余す午後
031:はずれ(102〜117)
(青山みのり)微笑んで話せるようになりました はずれの玉ねぎ買ったこととか
033:夏(102〜116)
(音波)少しずつ夏を着替えて終えていく そしてシーツをまた張り替える
(泳二)銀色の自転車夏を乗せていけ雨に降られて錆びついていけ
(鮎美)自転車を押しつつ語り合ひし夏よ学校指定のジャージの青よ
036:少(101〜110)
(紙屑)お砂糖を少量加え日曜の朝に眩しい白磁カップ
037:恨(101〜111)
(青山みのり)恨みなどないはずなのにいつまでも桃の甘さが舌にまつわる
(久野はすみ)恨めしきこころふわりと風に舞い都市伝説のとびらをひらく
041:カステラ(104〜110)
(綾倉由紀)ふかふかで飲み込めばすぐ駅までも走り出せそう朝のカステラ
042:若(101〜109)
(哉村哉子)ランコムのコンシーラーの銀色が若くないって呟いている
045:喋(102〜108)
(久野はすみ)よく喋る男の顎をながめおりたまにはねじふせられてもいいか
047:繋(102〜112)
(久野はすみ)町と町を川が繋いでいたころの屋敷の梁は黒々ひかる
051:般(101〜107)
(泳二)液晶の向こうでしゃべる人たちに一般人と呼ばれるぼくら
056:善(76〜101)
今泉洋子)漱石も訪ひしゑり善に百年を隔ててわれも半襟を買ふ
(青山みのり)かりそめの善男善女ふえゆきて万の半澤直樹が吼える
(莢豆)アマゾンの部族の仮面に似てますねヒトの善意って言葉も文字も
057:衰(76〜100)
(青山みのり)掃除機と薔薇と電池と衰えをわかちあいつつ暮らしてゆかむ
058:秀(76〜101)
(久野はすみ)秀でたるひたいをもてる妹は犬の帽子を鈎針で編む
060:何(77〜99)
(村木美月)鳴り響く悲しみ行きの発車ベル何故駆け込んでしまったのだろう
(とおと)うつせみの何れ朽ちなむ肌なれば触れ来るもののなべて愛(かな)しき
(美亜)結局は何処にも行きたくないんだとたんぽぽの種に言い訳をする
061:獣(76〜99)
今泉洋子)獣めく皮を破りて伸びむとす筍にいま鋭き時間あり
(裕季)連れられて見たサーカスの思い出は猛獣使いと道化師(ピエロ)が怖い
062:氏(76〜99)
(久野はすみ)村芝居の股旅ものの劇中に「氏素性」とうせりふが響く
064:刑(78〜97)
(美亜)その昔流刑地だった島にさえ花は等しく美しく咲く
(翔子)美しすぎる桜並木の紅葉は女性ばかりの刑務所の前
(ちょろ玉)刑務所から見える空にも四季があり音を立てずに飛行機も飛ぶ
065:投(76〜99)
(三沢左右)投げ上ぐるドッヂボールを見つめたる子らは空の高さに怯ゆ
今泉洋子)ぽつたりと椿は落ちてわが首を差し出すやうに歌投稿す
(美亜)ときどきは投げやりになるやわらかなおんなのなかのかなしみとして
(山本左足)投げつけるみたいに歌う声がする駅前地下を足早に去る
(青山みのり)いつよりかこころの底にひとつしか輪のない輪投げ置かれおりたり
066: きれい(76〜97)
(とおと)草いきれいまなほ青く立ちのぼり悔ゆるかひなき日記帳閉づ
(今泉洋子)人知れずきれいになりたき齢(よはひ)きてあなたにきつく抱かれてみたし
067:闇(77〜96)
(美亜)暗闇に携帯電話光り出しあなたの声を届ける真冬
(柳原恵津子)透きガラス観ればひらめく闇ありて気がつけば子を待たせておりぬ
(新藤ゆゆ)暗闇がこわいんじゃない いつまでも完成しないジグソーパズル
068:兄弟(77〜95)
(美亜)もしかして前世で兄弟だったかもなんて言いつつチョコを分け合う
(原 必)兄弟が欲しいと泣いたあの頃を風に冷ましてゆく一輪車
(山本左足)「兄弟は選べないからしょうがない」兄の言葉が蘇る夜
(青山みのり)兄弟のようにそびえるもみの木の歩調をゆるめさせる風みち
069:視(78〜97)
(紙屑)響かない映画を見せられ懸命に感想ひねる視聴覚室
070:柿(76〜98)
(村木美月)ピーナッツをよけてばかりの柿の種咎める君がいない夜には
今泉洋子)去年ありし干柿今年は吊されず蔵の白壁寒々と見ゆ
072:産(77〜94)
(ワンコ山田)出産はもう無理ですが美しきチャレンジャーにはなりたい肢体
(青山みのり)いましがた産み落とされた恐竜のたまごのように遠き落陽
073:史(79〜92)
ウクレレ)世界史のオスマントルコあたりから落書き増えていった教科書
(青山みのり)自分史をつづる人々ふえゆきて史実にあふれかえるこの国
074:ワルツ(77〜91)
(綾倉由紀)舟に乗るみたいにワルツの輪に入る見知らぬ人にリードされつつ
(青山みのり)風を送るじぃじの右手がゆるやかなワルツをきざむ夏のゆうぐれ
075:良(78〜93)
(ちょろ玉)通知表には「良」ばかり並び、ひさかたの空まで訪ねて行きたいゆうべ
(綾倉由紀)良好な恋愛関係続けてもハッピーエンドにならない不思議
076:納(77〜92)
(綾倉由紀)納会の仕込みに洗う大根の白さよ水のつめたさよけれ
(莢豆)心根と記憶とたぶんあの時の出納帳は縦じま模様
077:うっすら(76〜91)
(平野十南)死のいろはなにいろ墓地にうっすらと降りるを見れば霜白き朝
(山本左足)うっすらと地面に雪が積もるように白髪ばかりが増えていく冬
078:師(77〜90)
(青山みのり)魔術師の杖の先から色付いてここから秋がはじまるのです
079:悪(79〜92)
(泳二)悪者がいない世界をつくるため悪の定義を書き換えてみる
080:修(76〜92)
(今泉洋子)阿修羅像三つの面の謎思ひ吹いてもゐない木枯らしを聴く
084:左(78〜89)
(泳二)当然のごとく右利きだったから左曲がりの青春だった
085:歯(76〜89)
(紙屑)君の歯を思い浮かべて角砂糖ひとつ落とした紅茶飲み干す
(青山みのり)おなじことで笑いあうのは初めてでサルビア揺れる柘植歯科の前
088:弱(78〜91)
(青山みのり)キッチンで弱い魚を三枚におろすやさしい指をみていた
(風橋平)整列の両腕のばしきれぬ子は弱く息づくさむきさむき日
089:出口(77〜90)
(今泉洋子)マンションにひとつだけある非常出口螺旋描きて冬が降り来る
(新藤ゆゆ)からまって見えなくなった出口には金木犀が根をはるという
(紙屑)本当は出口はいくらでもあってそれでもここに居続けている
092:局(76〜89)
(綾倉由紀)お局と呼ばれた昔遠くなり卒塔婆小町に置く霜白し
093:ドア(76〜88)
(平野十南)真摯さを最上の価値と思いつつノブを回せば夜にひらくドア
094:衆(77〜89)
(紙屑)黄緑の公衆電話があったこと忘れて握る白いiPhone
今泉洋子)公園の公衆電話消え去りて使はぬままのテレフォンカード
095:例(76〜91)
(大島幸子)冬の朝 肌に馴染んだ掛布団 「離れがたい」の一例として
096:季節(76〜90)
(青山みのり)冬は雪、春はさくらのはなびらと季節を指が記憶しており
100:止(85〜88)
(青山みのり)標識の止まれはあったはずなのに 夕日にゆるく責められている



選歌集に採らなかった題:001:新(181〜185) 008:瞬(130〜152) 013:極(127〜141) 015:吐(126〜133) 019:同じ(126〜131) 032:猛 (103〜115) 034:勢(102〜115) 035:後悔(101〜114) 038:イエス(101〜109) 039:銃(101〜112) 040:誇(101〜112) 043:慣(103〜108) 044:日本(101〜110)046:間(102〜105) 048:アルプス(101〜107) 049:括(101〜107) 050:互(103〜107) 052:ダブル (102〜109) 053:受(101〜103) 054:商(102〜103) 055:駄目(102〜104) 059:永遠(101〜102) 063:以上(78〜97) 071:得意(78〜93) 081:自分(77〜89) 082:柔(76〜89) 083:霞(79〜87) 086:ぼんやり(77〜90) 087:餅(77〜89) 090:唯(77〜90) 091:鯨(76〜87) 097:証(87〜89) 098:濁(86〜88) 099:文(88〜90)


選歌の対象がなかった題:018:闘 020:嘆