特定秘密保護法の成立(スペース・マガジン1月号)

 例によって、私がコラムを持っているスペース・マガジン(日立市で刊行されているタウン誌)からの転載である。


  [愚想管見] 特定秘密保護法の成立      西中眞二郎


 世論の強い反対を押し切って、特定秘密保護法が成立した。私もこの法律は危険なものだと思っている。私が反対する最大の理由は、個々の条項の是非以前に、その必要性が良く判らないということと、秘密に関し必要以上に国民が委縮してしまうのではないかということだ。国家に「秘密」があることは理解できるが、現在でも国家公務員法などにより、秘密保持のための規制は一応行われている。これに上乗せして、なぜ性急に秘密保持体制の整備を図る必要があるのか、私には良く理解できない。
 「戦争に繋がるものだ」という類の反対論も耳にする。そこまで行くと考え過ぎだという気がしないでもないが、昨今の安倍政権の言動を見ていると、それがあながち荒唐無稽な反対論だとも思えなくなって来る。なりふり構わず性急にことを運ぼうしている状況を見ると、我々の思いもよらない下心があるのではないかと勘繰りたくもなる。「日本を取り戻す」という自民党のポスターを見るにつけ、いったいどんな日本を志向しているのか、そして、そのスローガンに危惧の念を抱くこともなく、なぜ国民は現在の一強体制を選んだのか、私にとってこのところの大きな疑問である。
 安倍さんの顔も、石破さんの顔も、最近ではヒットラーの顔と二重写しになって見えて来る。そこまで考えるのは考え過ぎだと思うし、彼らにしてみれば不本意な話だろう。しかし、彼らの意図がもっと穏やかなものだったとしても、制度は、いったん出来てしまえば独り歩きする可能性を秘めている。時の政権の恣意により、あるいはそこまでの方向性すら持たないままでの「真面目」な官憲による運用により、立法者の思いもよらない結果を生むことも稀ではない。国旗国歌法制定の際、「強制するものではない」という明確な政府答弁があったにもかかわらず、いまや教育の場などにおいては事実上強制が行われているようだし、「声を出しているかどうか」とのチェックまで行うという非常識な事態すら生じている。ましてや、立案者がコロモの下にヨロイを隠しているのだとすれば、その危険性はますます増大するし、安倍政権の言動を見ていると、ヨロイが見え隠れしているように思えてならないのだ。特定秘密に関し、仮に現実に厳しい規制が行われない場合でも、「規制されるかも知れない」という不安だけでさまざまな自由が損なわれる公算が大きいような気がする。それやこれや考えるにつけ、この法律の危険性は、私の危惧をずっと上回るものかも知れないという気もして来る。
 次の選挙で自民党政権にきついお灸をすえて、この法律の廃止に進めればベストだと思うが、そこまで行かないとしても、この法律の制定により市民が委縮することなく、制度の運用に関し厳しい批判の目を向けて、この法律を形骸化の方向に持って行くことが肝要だと思う。
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 明けましておめでとうございます。早いもので、このコラムを持たせて頂いてから、10回目の正月を迎えました。今年もよろしくお願い致します。(スペース・マガジン1月号所収)