題詠100首選歌集(その9)

         選歌集・その9


009:いずれ(62〜86)
(穂ノ木芽央)いづれ堕つ地獄の門で逢へばいい躯はずつと憶えて居るから
(こと葉)いずれにも該当ない感情があって見上げる灰色の空
(民谷柚子)満ち足りぬ我もさびしきかの人もいづれは還る海の青さよ
佐藤紀子)「いづれまた」「そのうちきつと」と別れ来ぬたぶんこれきり逢へぬあなたと
(深影コトハ)いずれかの来世で花と雨として触れあうことを 夢みて眠る
010:倒(62〜86)
(梅田啓子)倒れゆくその一瞬が止まりたり 永久(とわ)に倒れぬキャパの兵士は
佐藤紀子)椅子の背を倒して少し眠らむか高度一万機中の闇に
011:錆 (57〜81)
(ぼんぼり)乳白の湯は優しくて青錆の月を宥めるような浴室
(椋)錆ついたブランコ漕げば懐かしく 学び舎の跡ただチューリップ揺れる
(民谷柚子)錆いろの雨に打たれて歩く夜子猫みたいに懺悔みたいに
(じゃこ)小さい頃よく遊んでたブランコに優しい光が錆びついている
佐藤紀子)錆付ける蝶番のごとわが膝は曲げればぎーっと音をたてたり
012:延(56〜81)
(コバライチ*キコ)真夏日の息をも詰まる延長戦球児らの影長く伸びたり
(民谷柚子)延々と会議は続く 夕焼けの鮮やかさなど知らないふりで
佐藤紀子)どれもまだ捨てる気持ちになれなくてわが断捨離を一時延期す
(やまさわ藍衣)鍋底に沿いやわらかく身をくねる手延べうどんの透き通る白
013:実(55〜79)
(御糸さち)実はもう完成品が用意してあります三秒間クッキング
ウクレレ)白バイの人のプロフを紹介する箱根駅伝実況中継
佐藤紀子)「実はね」と話し始める友の声受話器の中で消えさうになる
023:保(27〜51)
(五十嵐きよみ)もう何を保存したのかあやふやなフォルダが画面の片隅にある
佐藤紀子)保温力失せこし故か ちかごろは夏にも時にショールをはおる
(民谷柚子)保健室は静かに沈む放課後のざわめき遠く揺れる窓辺に
024:維(27〜51)
(諏訪淑美)古布(ふるぬの)の繊維一心にほぐしおり心の泡立ち沈めんとして
(五十嵐きよみ)日のにおい含んだ繊維の心地よさ今日はどこまで散歩に行こう
(由子)思考さえ忘れる果てにあらがいて現の維持に書きし父の字
佐藤紀子)現状維持ができればよいと妥協する 体力、気力・・・愛情もまた
025:がっかり(26〜50)
(諏訪淑美)金婚の夫婦互いに少しずつがっかりしている見込み違いを
(原田 町)おめあての和菓子屋すでに店仕舞いがっかり花冷えビル風の街
佐藤紀子)「またがある がつかりしないでくださいね」 熱燗一杯君に勧める
(梅田啓子)がっかりがどっかり居すわる日本を一人の男が振りまわしゆく
046:賛(1〜25)
(天野うずめ)君ともう別れてしまった日曜の午後に読んでる『愚神礼賛』
(横雲)賛美歌の流るる街は風花のさそへる嵐荒るるにまかす
(葉月きらら)出掛けるの賛成してる青空は恋も応援してくれるはず
(中村成志)協賛の企業のロゴが回ごとに小さくなってゆく集会場
056:余(1〜25)
(遥)誰にでもノートの余白あるだろう口にはできぬ想いを綴る
(葵の助)余所者の顔をして住むこの街のガードレールの疵を知ってる