題詠100首選歌集(その19)

        選歌集・その19


006:員(93〜117)
(みち。)全員が笑う写真が撮れなくて切り取ることをやめた思い出
010:倒(87〜111)
(お気楽堂)冬が来る前に別れるべきだった倒れて叫ぶ道が冷たい
(只野ハル)ひとりでは倒れる程に老い弱る孤老の午後の窓を雨打つ
(とおと)倒錯の行為の果てのまどろみよ深紅の澱は美酒にこそ結べ
026:応(51〜75)
(やまさわ藍衣)古びたる経営理念の額はずし応接室に飾るスズラン
(槐)君のいる甘き茶の香に相応しき花一輪を慈しむ朝
(鈴木麦太朗)抽象画を引っかけておく応接間 途切れてしまう話のために
(民谷柚子)他愛ない応酬としてお互いの死後のことなど紡ぎあう父母
(海)基礎力のないまま応用問題に取り組むようなアメリカ暮らし
(谷口みなま)親の前初めて並んだ応接間あなたの爪先ばかりみていた
052:戒(27〜51)
(はぼき)あの時は愚かだったと自戒して顔を上げればあたらしい空
(小原更子)影のない真夏の真昼青年は破戒僧のごと歩み去りたり
(鈴木麦太朗)戒名はうつくしきかな金色のラッカー塗料でしたためられて
054:照(26〜50)
(只野ハル)仄暗き照葉樹林の奥深く分け入りて行く人影ひとつ
(中西なおみ)全力で照れ笑いする母さんの1オクターブ大きい音符
(諏訪淑美)照葉樹テラテラ光る山の道登り来(きた)れば白き灯台
佐藤紀子)虹あはく東の空に見えはじめまだ降りやまぬ日照雨(そばえ)が光る
055:芸術(26〜50)
(お気楽堂)あなたとの縁がないのは芸術と縁がなかったせいにしておく
(とみいえひろこ)芸術の話はいつも膝でする魚の泳ぐ部屋で夜明けに
(諏訪淑美)芸術かそうでないかはどうでもいい私の短歌は気ままな独白
(海)芸術はどこにあるのかうっすらと産毛の生えた頬は桃色
056:余(26〜50)
(お気楽堂)干からびたみかんの皮もそのままに風邪のだるさを持て余しおり
(とみいえひろこ)余らせたしずくを朝もすするゆめ荒野のような悲しいやさしさ
(中西なおみ)教科書の余白で生きてたにんげんと昼間の公園ベンチで出会う
(湯山昌樹)旧友に「貫禄出たね」とからかわれ腹の余分をなでてごまかす
(海)五行だけしぶしぶ書いた作文の余白がぼくのなつやすみです
097:陽(1〜25)
(紫苑)風の手の雲をぬぐへば水底を透かしてあはき陽のさし入りぬ
(葵の助)もういっそ陽性反応ならばいい病名がないまま夏が逝く
(秋月あまね)CMが陽気であるほどとりたてて必要ないものなんだと思う
(お気楽堂)見たくても見えないものと見たくないのに見えるもの陽炎ゆれて
(梅田啓子)ブラジルの陽射しを浴びた芝くさが選手の顔に貼りついている
(円)ブラインドの配列乱れそこだけが午後の陽射しでふいに明るい
098:吉(1〜25)
(こはぎ)末吉のおみくじ「恋は感情を抑えよ」なんて無茶言わないで
(葵の助)ふられたと笑うともだち吉野家で奢ってあげた卵もつけた
(お気楽堂)わたしではないひとだけのものになるあなたのための大安吉日
(はぼき)吉報を自分の口で伝えむと玄関の戸の開くのを待つ
100:最後(1〜25)
(紫苑)ことのはを持ちえぬままによをふりし最後のばらのひそやかに落つ