題詠100首・百人一首前夜祭(又は前々夜祭又は前々々夜祭)

  題詠100首・百人一首前夜祭(又は前々夜祭又は前々々夜祭)

 

この1年間、題詠100首の勝手な選歌を続けて参りましたが、それを土台にしてこれまで同様百人一首を作る積りだということは、既に申し上げた通りです。発端は2005年ですから、今年で10年目になります。余計なお節介だとお感じの方もおられるかとも思いますが、関心をお持ちの方もおられるようですし、我ながら良く続いて来たものだとも思います。
10年目と申しましたが、去年以来随分様子が変わり、去年は結構戸惑いました。と申しますのは、それまでは完走者の方の数が100人をかなり上回っていましたので、その中から選んでいたのですが、去年は完走者が87人と100人をかなり切りましたので、例年のルールを変えざるを得ないことになりました。完走者に限るとすれば、1人2首以上選ぶこともあり得るとするか、100首選ぶのを諦めて、例えば50首にするかといったところになってしまいます。しかし、せっかくの題詠100首という機会ですから、やはり「百人一首」にこだわりたいところです。そうなると、方法は、完走者以外の方に候補を広げるという道しかなくなって来ます。私としては、このイベントの性格上、「完走」にこだわりたいという気持も捨て切れませんし、せっかく完走された方には申し訳ない気もしたのですが、結論としては、完走にこだわらないということに致しました。以上が去年の経験です。
では候補としてどこで線を引くか。これまでの経験によれば、高レベルの作品を100首選ぶためには、130人くらいの母体が必要になって来るような気がします。いくつかの数字に当たってみましたら、今年の場合、完走者が83人、そのうち選歌集で5首以上選んだ方が68人、完走されなかった方のうち選歌集で5首以上選んだ方が18人・・・・こうして見ますとどこかに線を引くとしても、去年同様130人位の数には届かないということになってしまいます。そうなると、この際、完走かどうかということには目をつぶり、また選歌集掲載作品数にもこだわらず、これらを参考にはするとしても、去年同様、基本的には参加者全員を対象にするということにならざるを得ないというのが、私の結論です。なお、私の作品も、補欠あるいはDHとして潜り込ませて頂くことに致しました。これもこれまでと同様です。
 そうなると、「何のための完走だったのか」と疑問をお持ちの方も当然あり得ると思うのですが、「百人一首」という形を採る以上、やむを得ない選択だと思っております。考え方としては、完走者を「正選手」だとすれば、完走者以外の方は「控え選手」だという割り切りにする積りですが、実際の選歌はほとんど同列の扱いにせざるを得ないかと思っております。
 実は、まだ実質的な作業には入っていませんので、以上の方針でうまく出来上がるのかどうか自信はありません。去年の経験からも、何とかなるのではないかと思ってはいますが、作者と題とのマトリックスがうまく整理できるのか、また、これまでよりは作品の層が薄いため、作品が例年のレベルを維持できるのか等不安要素もあり、いずれにせよやってみるしかないというのが、現在の心境です。
 候補者の範囲は異なりますが、100題につき、それぞれ異なる100人の作者から1首ずつ選ぶという基本構造は、当然のことながらこれまでと同様です。
 
 
 最後に、これまでと全く同じセリフですが、さまざまな方々にお詫びと弁解を申し上げなければなりません。
 第1に、参加者全員の方々と短歌の神様にお詫び申し上げます。私より優れた方々も多数おられる中で作品を選ぶという甚だ不遜な振舞いにつきましてのお詫びです。私のあそび心ということで、お許し頂きたいと存じます。
 第2に、選ばれなかった方にお詫び申し上げます。あくまでも私の「独断と偏見」に基づく選歌ですから、ほかの方が選歌すれば全く違う結果になったと思います。また、何分多くの作品からの選歌ですから、素晴らしい宝石を見落としている可能性もあろうかと思います。
 第3に、選ばれた方へのお詫びです。題と作者のマトリックスという関係で、参加者のベストの作品が選ばれず、御不満の方も多いと思います。この点は、「選者」たる私にも多分不満が残るのだろうと思いますが、マトリックスという制約に免じてお許し頂きたいと存じます。
 以上、お叱りを被る前に、予防線を張っておく次第です。これでも相当の労力の産物ではありますので、その労力と、私のあそび心に免じてお許し頂きたいと存じます。
 ただいま申し上げたことは、現物と一緒の欄で申し上げても良いことですが、本体がゴチャゴチャするのも気に入りませんので、前夜祭ということで、本日の欄に載せる次第です。それでは、あまり期待なさらずにお待ち下さい。