題詠100首百人一首

001:咲
(秋月あまね)懊悩の核心部分は伏せおいて軽い話に花を咲かせる
002:飲
(如月綾)飲み込んだ言葉の続きを判っててそれでも気付かぬ振りを続ける
003:育
(シュンイチ)愛すべき無知をひろげてぼくたちは育ちざかりの青春を抱く
004:瓶
(花夢)なけなしのわたしらしさをからっぽの瓶にからんころんと落とす
005:返事
ウクレレ)北国の友の返事の暖かき手書きの文字とうさぎの切手
006:員
(紙屑)擦り切れた会員証の裏側でひどくやつれた名前が揺れる
007:快
(三沢左右)初夏の影快し石段の熱きを裸足にて踏む日なか
008:原
(青野ことり)気の早い菜の花ぽつりぽつり咲く小川野原で犬がころがる
009:いずれ
(深影コトハ)いずれかの来世で花と雨として触れあうことを 夢みて眠る
010:倒
(影山光月)ごみ箱を倒したままで部屋を出る(怒ってること 気付かせたいから)
011:錆
(鮎美)秋空に流るる雲も映しつつバケツの水に錆広がれり
012:延
(月夜野みかん)くしゃくしゃに髪なでられてあっさりと延長戦に入る片恋
013:実
(莢)桃の実のなかで晩夏の点滴がしたたりおわる午後の静けさ
014:壇
(只野ハル)仏壇の花にも蜜の秘められて羽虫密かに潜り込む午後
015:艶
(コバライチ*キコ)艶消しの銀の指輪を陽にかざし在りし日の夢さがしてみたり
016:捜
(由子)すぐに出るはずのデータを捜してる色分けしすぎた付箋の森に
017:サービス
(ひろ子)次にあるサービスエリアで車停め告げぬ思ひと空き缶捨てむ
018:援
(民谷柚子)鼻声で歌え深夜の応援歌 午前二時から明日のわたしへ
019:妹
(粉粧楼)妹の顔した夜の記憶だけ抱きしめながら越えてゆく夏
020:央
(御糸さち)央の字になって眠っている人の布団を剥げば大の字となる
021:折
(文乃)折り鶴を何度折っても少しだけ崩れてしまうくちばしの先
022:関東
(西村湯呑)いろいろと宇宙の事情で怪獣は関東にだけ上陸します
023:保
(藤野唯)言い出せぬことを抱えるたびに来る資料保管庫の壁のつめたさ
024:維
(ネコノカナエ)三日月は刃物の形 沈むとき空の繊維を引き裂いてゆく
025:がっかり
(久野はすみ)うっかりにがっかりしたのはつかの間で夜鳴きうどんを並んですする
026:応
(槐)君のいる甘き茶の香に相応しき花一輪を慈しむ朝
027:炎
(さくら♪)秋風に揺れるコスモスはんなりと淡い炎があなたを照らす
028:塗
(星桔梗)優しさの上塗りいつしか剥げ落ちて北風が吹く隙間が残る
029:スープ
(@貴)たれからも善く想はれてゐたき夜のセロリスープのひとくちの沁む
030:噴
(美穂)噴水を見た日の午後は透明な色をさがして絵の具を混ぜる
031:栗
(泳二) 二人にはまだ秋の夜は長すぎてひたすら栗を剥く人になる
032:叩
(廣珍堂)鉄骨を叩く音する工場は油のにおい濃くなって雨
033:連絡
(こと葉)片隅にそっと残した走り書き明日の我への連絡とする
034:由
(青山みのり)目的も理由も無しに 会いたい とわずか四文字のメールを送る
035:因
(睡蓮。) 敗因もわからないまま時過ぎて若さのせいにする安直さ
036:ふわり
(小原更子)劣化する容れ物として肉体は日々あきらめをふわりと包む
037:宴
(鈴木麦太朗)宴会もしまいとなれば熱い茶をこくりと飲んでふーなんて言う
038:華
(こはぎ)華やかさなんてないけど会う時は少し広がるスカートで行く
039:鮭
(ひじり純子)母親と「おとなのおんな」の会話して鮭の半身をもらって帰る
040:跡
(横雲)君行きし跡の白浪消ゆるまで見送る岬春の風荒る
041:一生
(周凍)一生のこのひとときのゆきかひにただ熊蝉のこゑのせきたる
042:尊
(中村成志)三尊像やすらう初夏の本堂はドイツワインのカーヴにも似て
043:ヤフー
(やまさわ藍衣)午睡から覚めれば巡る風ばかりヤフーのサイト開いたままに
044:発
(葉月きらら)消せないでいた番号の発信を酔った勢いで押したくなる夜
045:桑
(蒼鋏)ヘルシアも黒ウーロンも桑の葉も むかえ討つわが中性脂肪
046:賛
(まる)ハングルと日本語混じる賛美歌の聖堂の屋根高く溶け合う
047:持
(谷口みなま)持ち物に不安を全部詰め込んでだからいつでも鞄は重い
048:センター
(矢野理々座)さっきからセンターラインなくなったうねうね道が岬へ続く
049:岬
(山本左足)君が居るような気がして振り向いた岬にはただ、ただ波の音
050:頻
(ハナ象)携帯を頻繁に見る一瞬の孤独も恥に思える世代
051:たいせつ
(辺波悠詠)おつかい中 籠いっぱいの「たいせつ」を抱えた少女がぺこりとお辞儀
052:戒
(土乃児)戒律の緩き日本に生れし故ウナギも牛も豚も食せり
053:藍
(蓮野 唯)藍色を静かに白が押していく午前六時の窓辺の机
054:照
(キョースケ)パラソルと照る日でつくる影連れてあなたに会いに行く夏の午後
055:芸術
(天野うずめ)芸術家みたいなポーズを決めてみる 掃除してない部屋を眺めて
056:余
(ゆき)涼やかな余白残して「元気で」と結ばれてゐる晩夏のてがみ
057:県
(海)ふたことで出身県を見破られやや照れくさいママ友ランチ
058:惨
(ワンコ山田)明け方のサンタクロースの惨状をNASAがこっそり写メしてくれた
059:畑
(砂乃)凍りたる畑の土手をひとつずつさくりさくりとわたる霜月
060:懲
(椋)今日もまた懲りない君の悪戯に 怒る気もなく笑顔を返す
061:倉
(じゃこ)倉庫では倉庫としての責任を負った空気が待機している
062:ショー
(新藤ゆゆ) ぺこちゃんはブッシュ・ド・ノエルに腰掛けてショーウインドーの外を夢見る
063:院
(小倉るい)産院の暦の二十四節気をながめて子の名考えてみる
064:妖
(遥)妖精がそばにいること簡単に信じてしまう春がすぐ来る
065:砲
(あかね)砲台のかなたの空と海の色そのまま昔に続いているか
066:浸
(西中眞二郎)古き日の晶子もこの湯に浸りしか男ばかりの出湯はぬるし
067:手帳
(紫苑)次はいつと小声に聞けば無造作に手帳をたぐる指さきにくし
068:沼
(梅田啓子)手賀沼印旛沼より嫁ぎ来てわたしの人生つねにどろどろ
069:排
(ほし)排水路を流れてきたる笹舟の緑を追ひて早足となる
070:しっとり
(はぼき) しっとりとチーズケーキが焼けたから美味しい紅茶淹れてみようか
071:側
佐藤紀子)生きている側から見れば仏壇のご先祖さまは気楽さうなり
072:銘
(中西なおみ)博多駅銘菓ひよこの紙袋コンコースの中行ったり来たり
073:谷
(原田 町)銀やんま谷津田に追いしあの頃は今より長い夏の一日
074:焼
(有櫛由之)アルコールランプの蒼き火もて焼く栄螺に泡はふつふつと来つ
075:盆
(東馬 想)振り付けを半ば無視して盆踊り調子外れの夏は行き過ぐ
076:ほのか
(映子)からころとほのかにおんなただよわせ素足に黒の下駄の叔母来て
077:聡
(RIN)端的な返事に聡さ感じれば常より暗き影ある廊下
078:棚
(たえなかすず)ややゆるい指輪を棚にもどすとき遠い真夏はいつも雨降り
079:絶対
(じゃみぃ)絶対と思っていても妥協する弱い自分を斜めから見る
080:議
(白亜)冬の街にやわらかな雨を乞うように会議のあとに目薬をさす
081:網
(はぜ子)胸中の爆発物を網棚に置き去りにして逃げろ金曜
082:チェック
(平野十南)チェック柄のノートをいつも持っている女が眠る無地の毛布に
083:射
(はこべ)射すひかり細く強きがカーテンの間をとおり朝をつたえる
084:皇
(湯山昌樹)大友の皇子(みこ)は悲しと思いたり 瀬田の唐橋目にする旅に
085:遥
(miki) 遥かなる故郷(ふるさと)偲ぶ宅急便 梨の重さのジワリと沁みる
086:魅
(諏訪淑美)「魅せられて」歌いし女齢重ね今宣伝す「アンチエイジング
087:故意
(三船真智子)偶然と故意の境界気づかれず何も始まらない物語
088:七
(とおと) おろかなるオリオン遠く見霽かす七姉妹らのくすくす笑ひ
089:煽
(佐野北斗)七輪の炭火静かに煽りつつ鰯三匹待つ秋の酒
090:布
(大島幸子)シャツの布越しに感じる体温を背中合わせに分けあう日暮れ
091:覧
(永乃ゆち) 少しずつ知らない人になってゆく観覧車から手を振るあなた
092:勝手
(葵の助)新築の我が家のオープンキッチンも母の煮物で「お勝手」になる
093:印
(五十嵐きよみ)印象派ゆかりの村に訪ねきて絵で見たとおりの景色に出会う
094:雇
(牧童) 不確かな雇用のままに年を越す 骨折れた傘雑踏の雨
095:運命
(柳原恵津子) 運命とやがてことばにしなくなり本当の運命が根を張る
096:翻
(柏井なつ) カーテンを翻す風隙間から一瞬の空旅に行きたい
097:陽
(円)ブラインドの配列乱れそこだけが午後の陽射しでふいに明るい
098:吉
(お気楽堂)わたしではないひとだけのものになるあなたのための大安吉日
099:観
(光井第一)胸奥は空疎で外は快晴でそっと観に行く深海魚展
100:最後
(髯仙人)どの樹にも 最後の一葉の 落ちるとき あるはずなのに だれも見てない