題詠100首選歌集(その10)

         選歌集・その10


021:小(33〜58)
(文乃)小石やら紙やら錆びた金具やら出てくる出てくる子らのポケット
(五十嵐きよみ)本棚の奥の一冊手に取れば黄ばんだ文庫の文字の小ささ
(梅田啓子)ごちそうをお仏壇へと供えたり小さきわれのひとひの仕事
(コバライチ*キコ)薄皮で滋味包みたる小籠包溢さぬやうに匙で掬ひぬ
022:砕(32〜56)
(はぼき)万華鏡いつか作ってみようかな砕けた夢のカケラ集めて
(諏訪淑美)砕石場役終えし跡に丈高き雑草茂りて風に揺れおり
(原田 町)砕かれた墓石積まれし霊園に新規募集の幟はためく
023:柱(32〜56)
(諏訪淑美)子らの背丈記した柱年古りて今また記す孫の背丈を
(五百助)靴音と濃紺の風路地裏に闇を吐き出す深夜の電柱
(湯山昌樹)ふくらめる柱の肌理(きめ)にいにしえの声を聞きつつ法隆寺を歩く
(コバライチ*キコ)パルテノン神殿の柱のふくらみを風運びしか大和の寺へ
024:真(29〜53)
(はぼき)真相は闇の中とかいつぞやの事件現場に揺れるコスモス
(文乃)真夏日の標識のようにすっくりと向日葵の花並び立つ庭
(五十嵐きよみ)写真家の視線するどくこの街の宿す狂気を切り取ってゆく
(諏訪淑美)真珠湾と聞きて戦い想う人櫛の刃のごと欠け逝く寂しさ
025:さらさら(30〜54)
(はぼき)さらさらと時の積もれる音のして紅茶の色はほど良くなりぬ
(五十嵐きよみ)鮮やかなどんでん返しさらさらとしていた心がざらざらになる
(コバライチ*キコ) 黒髪を梳けばさらさら零れゆく指のあはいの静かな時間
054:踵(1〜25)
(春原千花)君となら踵の低い靴でいい背伸びしないで新緑を行く
(しま・しましま)逢ひにゆくための真赤なハイヒール 踵三回なんども鳴らす
(紫苑)ひとつづつ今日の思ひを消しゆかむ あれた踵にくすり塗りつつ
(中村成志)踵より降り立つ土漠 ぬばたまの静の海を 塵は動かず
055:夫(1〜25)
(ひじり純子)リタイアをしたら気になる夫源病 良妻賢母もリタイアをする
(志稲祐子)主婦なんて結婚すればなれるのに主夫とは覚悟の要るものらしい
(美穂)明るめの服を着こなす老夫婦バス待つ列に春の風吹く
佐藤紀子)喉を病み声の出せない夫とゐてしらずしらずに我も囁く
065:スロー(1〜25)
(横雲)スロープをゆるゆるくだる春の道白梅の枝塀越えて咲く
(しま・しましま)どこにでも行けてどこにも行かなくてカーラジオからスローバラード
067:府(1〜25)
(ひじり純子)日本の都道府県の白地図四色定理で塗り分けてみる
(はこべ)きみの住む府中の森の夕暮れは神社の鐘が遠くに聞こゆ
佐藤紀子)東京が府でありしころ生れ来て夫も私も七十を超ゆ
068:煌(1〜25)
(天野うずめ)敦煌莫高窟に描かれた変わらずにある祈りの形
(志稲祐子)また寝落ちしてた 部屋には煌々と灯りがついたままのさびしさ
(のんちゃん)煌々と闇夜を照らす赤提灯とうげの茶屋を丸く抜き取る