題詠100首選歌集(その6)

          選歌集・その6(3・6〜3・12)

001.地
(うなはら 紅)地の塩になれとばかりに説く人の背中を照らす日の暖かさ
003:超
(睡蓮。)日が少し長くなったと君が言う時差を飛び超えとつ国も春
005:移
(由子)愛嬌をふりまくのちの移ろう目 ショップの子犬の旬は短く
007:厳
(田中彼方)時として厳しい父の、時として無垢な子供のふりをしている。
(井関広志)せせらぎを絶つ厳冬のアムールの香(か)をつつみこむ流氷の群れ
009:たまたま
(湯山昌樹)あの人の交際をたまたま知った夜ただこんこんと眠った私
015:盲
沼谷香澄)雨の音 灯りの落ちた天井を夜盲ならざるねこは見ている
016:察
沼谷香澄)察するにねこは遊んでほしいのだ時間はすぐに消えてゆくから
017:誤解
橋本和子)積み上げた誤解まとめて固めれば正解といふ不思議さに酔ふ
019:幅
(kei)緑青の甍の幅に流れ出す春の香りを抱きしめている
021:ハート
(五十嵐きよみ)演技後のスケーターたち投げキスをしたりハートを手で作ったり
022:御
(五十嵐きよみ)モーツァルトの余韻に浸りつつ歩く公園を抜け御徒町まで
031:防
(Hoshi Takasawa)水温むわれしかゐないこの夜に消防団の鐘が鳴るなり
032:村
(Hoshi Takasawa)夕暮れの満月がわれを見送りぬさよなら蕪村の菜の花畑
(八慧)茶の里の又一村に立ち寄って恋の味する抹茶を啜る
034:召
(Hoshi Takasawa)われはわれの召使ひなり早春の抗ひとして長髪を切る
037: 飽
(松本直哉)出来あひの思想に飽きてはつなつに金時豆をふつふつと煮る
038:宇
(松本直哉)その眉宇にあはき愁ひをただよはせ阿修羅立像黙して立てり
(はこべ)宇治十条復曲能の『橋姫』は泥眼の面(おもて)悲しさささる
039:迎
(新井蜜)弟といへども羞(やさ)し橿原の宮の鳥居に我を迎へぬ
(中村成志)なきごえが泣き声を呼び送迎のバスよりこぼれくる春の風
040:咳
(はこべ)咳ひとつすることはばかる演目は老女ものなり『関寺小町』
042: 臨
(松本直哉)臨終に遅れてわれのとびのりし車窓のそとの連翹の黄
044: 欺
(松本直哉)みづからを欺くことに飽きはてて退職の朝沈丁香る
045: フィギュア
(松本直哉)小夜更けて樹脂のフィギュアのトテチテタおもちやのおまつり子の眠る間に
048:事情
(田島映子)傷つけもするやもしれず知ればまた君の抱えし別れの事情
058:囚
(田島映子)抱かれたままの姿よ吾はいま愛することに囚われたまま
060:菊
(田島映子)春菊の香り食むものゆかしくて転がすようにちさくかみをり
063:律
(田島映子)哀愁のなかにひと粒朱き実と歌うがごとく自由律詠む
065:均
(田島映子)山々は青く均しく連なりて巷のことは遠くに見たり
095:生涯
(京子)霧雨の降る窓辺にてなぞりしはセネカの言葉からの生涯
099:品
(京子)品質の保証などない愛をただ受け入れている夕暮れの空