題詠100首選歌集(その7)

選歌集・その7(3・12〜3・21)



002:欠
(Mamiko Kuwahara)満ちた月より欠けている月が好き 確かな未来を手にする予感
006:及
(睡蓮。)過ぎたるは及ばざるよりなお悪し花もワインもお金も愛も
013:伏
(有櫛由之)うまさけの三輪、否伏見 龍伏して朦朧とあかときを違へり
019:幅
(由子)悲しみをある振幅に詠ませらせ繰りかえし見る凍夜の記憶
(田中彼方)「この幅や」小さく前にならえして、そのままニトリへ棚を見に行く。
020:含
沼谷香澄)湿り気を含んだ声で鳴いたあとねこは目覚めにシフトをうつす
021:ハート
(田中彼方)君はまたハートの女王のまねをして、「首をはねよ!」と、魚をさばく。
024:田舎
(五十嵐きよみ)『イギリスの田舎暮らし』のページから花も緑もこぼれんばかり
025:膨
(五十嵐きよみ)スカートを四月の風に膨らませ夢見た未来はもうすでに過去
026:向
(櫻井真理子)短文のメールかなしき離(か)るまでを向き合ふことのなきままにゐて
028:脈
(周凍)なかぞらに天河かすめて月ひとつ水脈引く衛星(ほし)の静かなるかな
029:公
(周凍)公達の昔をさそふ月かげやふちにかそけきおもだかの花
032:村
(影山光月)ダム底に沈んだ村を辿る地図桜前線間もなく北上
(櫻井真理子)くちずさむ「私の村は水の底」 かへれぬひとの今にあること
033:イスラム
(櫻井真理子)身にまとふマララのことば茜さすイスラム柄のスカーフを買ふ
034:召
(八慧)制服にお召替えしたお姫様幼稚園には桜満開
035:貰
(八慧)貰い泣きするひとがいてそのままに閉ざされていく桜咲く路
038:宇
(八慧)霧深き宇治の恋読む春の宵去りゆく影が朧ろにとける
041:ものさし
(中村成志)川の字のすきま広がる春の夜の子の肩幅をものさしとして
043:麦
(Hoshi Takasawa)一粒の麦なるわれを運びたる四月の江ノ電、海辺の高校
048: 事情
(松本直哉)こどもにはこどもの事情 ハロウィンの仮装の相談秘め事めきて
049: 振
(松本直哉)一振りの刀身としてよこたはるつめたくあをき秋刀魚のひかり
055: 心臓
(松本直哉)わが胸に顔をうづめて眠る君心臓に息ふきこむごとく
056: 蓄
(松本直哉)咲くためのちから蓄へ冬薔薇はかたくつぼみをとぢてねむれる
057: 狼
(松本直哉)狼の異名をとりし関取の醜聞の記事よみさして捨つ
059: ケース
(松本直哉)ヴィオロンの形をしたるヴィオロンのケースおかれてあかるき窓辺
060: 菊
(松本直哉)あたらしき骨壺に読経つづく夜供花の白菊ひとひら落つる
063:律
(松本直哉)調律師かへりしのちのピアノあけ展覧会の絵を弾くゆふべ
069: 枕
(松本直哉)花柄のスカートの膝枕して花野にあそぶ夢を見しかな
070:凝
(田島映子)テーブルの端からじっと目を凝らす紅さす母を疑るように
077:フリー
(田島映子)太陽の匂いをさせてフリージア八丈はいま春から夏へ
083:笠
(田島映子)網笠を目深にかぶり女らはえらいやっちゃと艶の字を書く
086:坊
(田島映子)陽の匂いさせて何時まで走るやら坊主頭は寄りて離るる