題詠100首選歌集(その9)

        選歌集・その9(3・31〜4・30)


014:タワー
(昔乙女)62年経ても呉爾羅(ごじら)が恋をする 東京タワーは夜を燃えてゐる
018:荷
(湯山昌樹)熊本の避難の人らそれぞれにわずかな荷物を持ちているのみ
020:含
(中西なおみ)含め煮がしみ入るまでが料理だと遺せし祖母の短(みじか)さいばし
028:脈
(五十嵐きよみ)大家族の洗濯物を干しながら母が歌いし「青い山脈
032:村
沼谷香澄)村雀ふくふく集う朝の庭みて幸せになるねこもいる
034:召
沼谷香澄)召還。と伸ばす手つきも厳かにねこの毛布を畳んで敷きぬ
036:味噌
(五十嵐きよみ)社会派と呼ばれた推理小説のどこか味噌汁めいた味わい
038:宇
(周凍)やや深き澪に朽ちゆく網代木の日にひを遠み宇治川の月
039:迎
沼谷香澄)お迎えは一号二号連れだってねこのゆうぐれ食事が近い
040:咳
(五十嵐きよみ)楽章の合間をねらいいっせいにホールの客ら咳払いする
041:ものさし
(五十嵐きよみ)この国の「普通」を測るものさしがだんだん右に傾いてゆく
043:麦
(田中彼方)もうどこもかくすことなどないのだが、麦わら帽子をかぶってみせる。
044:欺
(muku)目を引かれ買ったお菓子の上げ底を 詐欺だと言いつつ全部食べきる
阿部定一郎)不夜城の灯に欺かれまっすぐに飛べぬのが蛾で立てぬのがぼく
046:才
(muku)振り袖に腕を通して一人笑む 樟脳の香の二十才の思い出
045:フィギュア
(muku)母になる娘が残したフィギュアたち 幼き日想い棚に並べる
048:事情
(周凍)地にはつちの天にはあめの事情あらむ月ふる夜に聞く虫のこゑ
055:心臓
(八慧)再会に動きはじめた心臓が止まったままの時を求める
056:蓄
(Hoshi Takasawa)春の夜のでんしんばしらに巻かれたる蓄光テープはヒトガタに立つ
057:狼
(櫻井真理子)亥の刻をふと振り返る街にゐて天狼星の傾ぎゆく、春
058:囚
(はこべ)囚われし二十余年の観能の歳月があり余生を彩る
059:ケース
(はこべ)謡本のケースに並ぶ200曲老後の糧にと言いし友逝く
(Hoshi Takasawa)革製のちひさな赤いペンケース窓際の彼の席に光りぬ
060:菊
(八慧)枯菊を焚くとほのかな香が流れあなたのいない季節(とき)が過ぎさる
061:版
(新井蜜)寒卵かすかにうるむ冬のあさ青きインクの謄写版刷る
062:歴
(櫻井真理子)齢(よはひ)ふるパソコン弱者は切らるるやワードファイルに埋める履歴書
064:あんな
(はこべ)あんなことこんなことなど混ぜ合わせ粗大ゴミの日袋に詰める
066:瓦
(新井蜜)死は前後左右にひそみ家々の瓦の下のぬるき団欒
067:挫
(田中彼方)分かりあうことに、早くも挫折する。「ねこのきもち」を読んでみようか。
095: 生涯
(松本直哉)変声を迎へぬままに生涯ををへにし君の通夜の花冷え
096:樽
(松本直哉)仄暗き蔵に麹の香の満ちて醤油熟れゆく杉樽のなか