題詠100首選歌集(その15)

       選歌集・その15(10・2〜10・17)

004:相当
(小張 久美)食べ残す宇治金時の冷たさと甘さ相当分の後悔
005:移
(小張 久美)質問をあとひとつだけいいですか移住先では星見えますか
007:厳
(小張 久美)許すのは許されるより容易いと厳かに鳴るパイプオルガン
009:たまたま
(小張 久美)約束が守れなかっただけのことたまたまそこにいただけのこと
010:容
(小張 久美)容疑者は昨日の夢の顔をして朝にはいつも私の後ろ
(高橋 玲子)夏尽きて蝶の羽色はむらさきへ変容してゆく、空になるため
011:平
(小張 久美)嘘だけが輝く夜は流星と金平糖の数が合わない
013:伏
(牧童)言い伏せる相手もひとりまた失せて手酌の酔いは煤竹色に
015:盲
(高橋 玲子)盲信と恋の間にあるものを愛と名付けてみた真冬の日
016:察
(高橋 玲子)夏空に融けてゆくので青ばかり減る朝顔の観察日記
018:荷
(小張 久美)きらきらの海が夢から目覚めたら薄荷色した夏のはじまり
019:幅
(高橋 玲子) 十月の空はたゆたう青色の振れ幅ひろくやがて海へと
020:含
(牧童)白緑(びゃくろく)の雨を含めば若き娘の触れ合う舌の柔い想い出
024:田舎
(ひなたひとみ)コスモスが揺れる田舎の休耕田うつむき歩く兄の後ろを
(小張 久美)ビル風に呼吸の止まる日を終えて田舎暮らしの夢でまどろむ
028:脈
(高橋 玲子)足裏に水脈を聴く雨の夜は溺れた魚を数えて歩く
030:失恋
(ひなたひとみ)失恋をするにも体力いるらしく吾子は休みにコンコンと寝る
031:防
(RussianBlue)なぜ人は心に防壁作るのか問いながら見たエヴァンゲリオン
032:村
(RussianBlue)水といふごく柔らかき結界に沈められたる村落のあり
051:旨
(睡蓮。)今日あったすべてを聞いてほしいけど主旨だけ話す疲れた君に
053:波
(高橋 玲子)夢にまで寒波は寄せる、粉雪は硝子でできた矜持のかけら
060:菊
(高橋 玲子)除虫菊の香りが滲む物置で夏のかたちは朽ち果てていく
061:版
(風花)パソコンの変換機能の便利さにガリ版切ったあの頃おもう
065:均
(由子)忘れたきことふえゆけば懐かしき父踏み均す初雪の路
(風花)百均の店に吊られしオレンジのお化けかぼちゃの哀しい笑顔
070:凝
(風花)藍ふかく空いっぱいに鰯雲ただ立ち尽くし凝視した丘
(高橋 玲子)煮凝りが融ける温度で触れられた背中に深く答えを沈める
071:尻
(RussianBlue)同じ時共に過ごして深まった目尻の皺の深さ愛しき
079:釈
(RussianBlue)世の中に繋がり合える人がいる事が嬉しく会釈を返す
080:大根
(影山光月)修羅場には大根役者がよく似合う決まったせりふ棒読みで吐く
(廣珍堂)街なかの寺に湯気あり大根炊き(だいこだき)梵字がまるく煮立つてをりぬ
081:臍
(廣珍堂)臍の緒を抽斗奥に収むる日赤子はまるく寝返り打てり
083:笠
(廣珍堂)しばらくは初冬の雨に濡れやうか落柿舎の壁に笠の掛かりて
086:坊
(五十嵐きよみ)また三日坊主で終わり原文の源氏はいまだ夕顔の巻
(廣珍堂)僧坊の奥に聞こゆる声明を朝露に吸ふさみどりの苔
(高橋 玲子)寝坊した朝に遅れて乗るバスは知らない何処かと繋がっている
087:監
(五十嵐きよみ)監督も女優も古い名ばかりが並んだわが家の映画名鑑
(廣珍堂)調書には罪と功績見え隠れ監察室に転がる仮面
088:宿
(高橋 玲子)西新宿午前4時半、眠るもの起き出すものもみな青の翳
089:潮
(高橋 玲子)引き潮に奪い去られるときを待ち少女の裸足は輪廻を掴む
090:マジック
(五十嵐きよみ)裏写りしたマジックの跡がまだ残る実家の古い卓袱台
091:盤
(muku)あと一手決められぬままの盤面は 切ない想いの白黒模様
(RussianBlue)囲碁盤の上に織りなす麗らかな天球儀にも似た石の瞬き
094:操
(高橋 玲子)操車場には明けない夜もあることを遺して闇に眠るデルヴォー
099:品
(高橋 玲子)大切にされた骨董品のまま死んでゆくのもひとつの愛か
100:扉
(RussianBlue)ガラス張り扉の向こうきっちりと靴を揃える君を愛する