題詠100首選歌集(その61)

       選歌集・その61



042:鱗(154〜180)
(原 梓) ただ耐えるだけの日もあり鱗雲千切れる音を裡に聴きつつ
(夏椿)みづよりもうすき色した鱗粉を広げて水に蝶の死は浮く
(久野はすみ)逆鱗にふれないようにその髭をなでております竜と暮らせば
(八朔) 空高くペンキ塗れのツナギ着る若者の背に見る鱗雲
043:宝くじ(152〜177)
(月原真幸)宝くじ売場の前でもういない神様を待ちくたびれている
(やや)雨だけど何かはじまる予感して宝くじを買う夕暮れひとり
046:設(145〜169)
(夏椿) あどけなさ残る茶髪の設計士 机上に昭和を解体しゆく
(下坂武人) ぼくという設定わすれゆうぐれはちいさな丘でねむりほうける
(里坂季夜) こまごまとした設定をやりなおす転勤という半端な初期化
051:熊(128〜152)
(近藤かすみ) 家いでし息子の星座早見盤捨てられぬままに小熊座さがす
(月原真幸) 放課後を待ちわびている 教室は冬眠中の熊でいっぱい
(minto)ぬいぐるみになれば優しき熊となり蜂蜜抱へ子らに笑みたる
070:籍(104〜129)
(しおり) 鬼籍へと 紛れて行ったあの夫の 千の風受け揺れる風鈴
(斉藤そよ) 本籍はみずうみにおく ほとぼりがさめるころには雪も降るから
ひぐらしひなつ) 硝子窓磨いて待てば一通の書籍小包とどく春の日
084:球(77〜104)
(橘 みちよ)水満たす蒼き硝子の完璧なまでの球体月より地球(テラ)は
(夏椿)球体が蝕しあふ夜の底にゐて同心円のなき身かなしぶ
(大辻隆弘) 球面をくまなくぬぐふ手のひらのやうな謝罪の声を聞きたり
(八朔) 天球にギラギラと夏ひしめいて空気の色がガムランを打つ
085:うがい(76〜100)
(暮夜 宴) パラレルを崩す感じに注ぎ込むうがい薬の美しい青
(五十嵐きよみ)つまらない意地ばかり張る自らをうがいしながらののしってみる
(佐原みつる) 恋人の部屋にも同じものがあるうがい薬を数滴落とす
086:恵(79〜104)
(暮夜 宴)突然の涙は対処しきれずに恵みの雨として位置づける
(秋ひもの)知恵蔵でこっそり引いた「膣」の項 今日も僕しかいない図書室
(五十嵐きよみ) 恵まれているから不幸になりたがる愚を指摘され振り仰ぐ空
092:生い立ち(52〜76)
(村本希理子) 内耳には閉ぢこめられたこゑひとつ 子の生ひ立ちをたんねんに書く
(ゆふ)生ひ立ちを話せば三日かかるゆゑ早送りでは如何と問へり
(ほたる) 重ねても重ねきれない生い立ちのスキマを埋めるようなくちづけ
093:周(52〜76)
(流水) 吹き抜ける風のやうなる寂しさは周期を持ちて風紋となる
(紫月雲)「じゃあまたね」の「また」の周りをぐるぐると優柔にして曼珠沙華折る
(夏椿) 円周率しらざる半弧やはらかにそのなな色を風に溶きたり