題詠100首選歌集(その81)

       選歌集・その81

037:藤(204〜229)
(内田かおり)ゆったりと藤花白く下がる頃狭庭の石に写る夢あり
(佐山みはる) 四十年前フランス人として死せり藤田嗣治八十二歳
Ni-Cd) 藤棚の房の岸辺のまどろみよひとづまから消すひとといふ文字
047:警(180〜204)
今泉洋子)わが知らぬ空襲警報ちちははの会話思ほゆ昭和の日なり
(内田かおり)こっそりと警戒しているらしき猫の目はまん丸に我を見ており
066:角(156〜181)
(村本希理子)後悔は箸を入れればかんたんに崩れる豚の角煮のやうに
(ノサカ レイ)じゃあね、って角を折れてくきみのこと虹のようだと少し思った
(小林ちい)生えかけた角にあなたの指が触れ今日も悪魔になれない私
070:CD(154〜179)
今泉洋子)小春日に吸はれるごとくさびさびと百人一首のCDのこゑ
(惠無)劣化したCD並ぶ窓際に君の笑顔を閉じ込めたまま
(寺田ゆたか)レクイエムのCDばかりを取り出(いだ)し続けて聴けり夜の明くるまで
(佐山みはる)CDの若かりし声『芝浜』の夫婦喧嘩の緩急ぞ善き
071:痩(151〜176)
(村本希理子) 痩せてゆく月ばかり見てゐるみたい 草笛の吹き方も忘れた
(一夜)「逢いたい」の言葉飲み込む夜ばかり 道を外れし恋に痩せゆく
(緒川景子) ああひとはこんな思いをしたときにするすると痩せてゆくものなのか
087:気分(126〜151)
(お気楽堂)料理する気分になれずスーパーで割引された惣菜を買う
(茶葉四葉)気をもんで見守ることのむずかしさ 父親気分で小言が溜まる
今泉洋子)ネットより君を喚(よ)び出したき気分秋の底(そこひ)に揺れながらゐる
088:編(131〜156)
(駒沢直) 短編をいくつ書いても長編にならない道理 僕の毎日
(近藤かすみ)滑らかに進む編み針の感触を楽しみつつ見る殺人ドラマ
(寺田ゆたか) 伸びし髪を三つ編みにして微笑みぬ病みても妹(いも)は少女のやうに
(穂ノ木芽央)絶筆の原稿用紙と編みかけのマフラー並ぶ初回顧展
今泉洋子) 遺歌集を編む木染月(こそめづき)列島にからくれなゐの秋くだりゆく
(星桔梗)写真には残せなかった三つ編の君との記憶終(つい)のアルバム
089:テスト(126〜150)
(寺田ゆたか)臥処(ふしど)より家事ひとつづつ教へしは独り身となる我へのテストか
(穂ノ木芽央) ロールシャッハテストの残骸転写して猫背のままにあゆむたそがれ
090:長(129〜154)
(葉月きらら) 胸元に頬うずめ眠る恋人の寝息を肌で感じる夜長
(村本希理子) ほんたうは治したくない傷もある ゆびさき長くいたみたもてり
092:夕焼け(126〜152)
(寺田ゆたか)抜け落ちて虚ろな胸が濡れてゐる 明日は晴れます夕焼け小焼け
(湯山昌樹)夕焼けはなぜこう悲し すみれ色の光の中で途方に暮れる
(近藤かすみ) 熟し柿ほろろほろろとやはらかし二人並んで夕焼けを食む
(星桔梗) あなたとの距離が僅かに近づいた夕焼けの道赤とんぼ舞う