選挙戦がはじまった

 選挙戦がはじまった。類を見ない小党濫立で、面白いと言えば面白いし、訳が判らないと言えば訳が判らない様相を呈している。各種の世論調査を見ると、「支持政党なし」あるいは「判らない」という層が、従来以上に多いようだし、なるほどもっともだという気がする。


 前回の総選挙で期待を集めた民主党は、政権与党としてはその限界を露呈したと言っても良いだろう。他方自民党は、いわゆる「国民政党」から「右派政党」に変質しているようにも見えるし、「民主がダメなら自民」と単純に乗り換えるにもためらいがある。公明党自民党に取り込まれ、「自民の中のリベラル派」と言う程度の存在に限定されて来たようだし、社民、共産の老舗の革新政党は、野党としての存在感を期待するのが限界のような現状だ。その他のいわゆる第三極は、その意図はともあれ、総合的な政策体系を持たない一点突破的、選挙互助会的な野次馬政党に見えてならない。
 もちろん、これと異なる見方をされている方も多いだろうが、私の目には、以上のような見方からいわゆる無党派層が増えているように見える。


 そういった意味では、私自身も無党派層である。各党の政策の違いはいろいろあるが、すべてに共感できる政党はない。右寄りの政見には危険性を感じるし、脱原発を安易に叫ぶ政党にも同調し兼ねる。それやこれや考えるとギブアップしたくもなるが、やはりどの政見に一番ウェイトを置いて考えるかということかと思う。
 そういった意味で言えば、やはり一番肝腎なポイントは、憲法をどう考えるかということであり、対外政策の面でタカ派ハト派のどちらを選ぶかということかと思う。平和ボケ老人の私としては、他のことはさておき、憲法を改正して「戦後体制との訣別」を謳い上げる政党には強い力を発揮して欲しくないというのが、最大のポイントだと思っている。
 報道によれば、自民党過半数を確保しそうな勢いだというが、仮に自民党が政権に復帰するとしても、その右寄りの政見がそのまま実行されるような「強い政権」にはなって欲しくないし、右寄りの大同団結というのが最悪の結果だと思っている。


 ついでに言えば、私は「維新」という言葉が嫌いだ。現状の改善を放棄し、ゼロからやり直すのが維新だと思うが、私は我が国の現状がそれほど絶望的だとは思っていない。それに言葉の本来の意味は別として、「維新」という言葉には、王政復古、尊王攘夷といった後向きのイメージや、青年将校のクーデターによる「昭和維新」のイメージがついて回る。そして、「維新」を叫ぶ人たちのメンタリティーに、これらに似たきな臭さと現状の地道な改善努力を放棄した投げやりな自己陶酔を感じるからだ。


 なお、基本的な考え方は都知事選に関しても同じだが、少なくとも、私に言わせれば史上最悪の都知事だった石原さんの路線を継承する人には都知事になって欲しくない。考えてみれば、政権政党でありながら推薦候補を立てることが出来なかった民主党もだらしないと思うし、都議会や職員の総スカンを食っている人物を推薦した自民党公明党の見識も疑わざるを得ないというのが正直な気持である。


 以上、とりとめもないことを書いたが、恐れにも似た気持を抱きながら選挙の行方を見つめているところである。