題詠百首・百人一首

私製「題詠百首・百人一首


001:風  (はこべ)
浜辺には風が寄せたる貝ありて 比良の八荒春を告げおり
002:指  (青野ことり)
ごつい手の節くれだった指先が生む三月のお茶会の菓子
003:手紙  (あいっち)
手紙なら祖母に明かせる思いあり太く大きく二枚に綴る
004:キッチン (素人屋)
キッチンでひとりジャム煮る 鍋の中あんな言葉もかき混ぜながら
005:並  (ゆづ)
今もまだ並んで歩いていることの言い訳なんかを考えている
006:自転車  (暮夜 宴)
3月の虹を探しに行くときは自転車だって立ちこぎのまま
007:揺  (丹羽まゆみ)
笑ひごゑたかく響かせ翹揺(げんげ)田に少女は春のひかり編みをり
008:親  (癒々)
17歳。親には言えない泥濁を、ぬるい風呂場で掻き回している。
009:椅子 (なまねこ)
理科室の机の上の椅子に立ち星座を造る 神のごとくに
010:桜 (小軌みつき)
さくらんぼふくめば太宰の苦わらいうつし世にまた桜桃忌来る
011:からっぽ (髭彦)
ぽっぽっぽはとぽっぽの<ぽ>しっぽの<ぽ><ぽ>ってなんだろからっぽの<ぽ>も
012:噛 (春村蓬)
犬の歯が我にも四本あることを思へりヌガーチョコを噛みつつ
013:クリーム (佐藤羽美)
順番にクリームパンの胴体を引き裂いている朝の食卓
014:刻  (おとくにすぎな)
使い分けできないひとがほそい線ばかりで刻む版画のウサギ
015:秘密  (佐藤紀子
母われに秘密いくつか持ち始め娘が少し美しくなる
016:せせらぎ  (水都 歩)
水温むせせらぎ鴨の旅支度鶺鴒は飛び水鶏は走る
017:医  (星川郁乃)
秋晴れの待合室は空いていて心療内科医今日は饒舌
018:スカート (五十嵐きよみ)
スカートをつまんでお辞儀しましょうか淑女のように扱われれば
019:雨  (花夢)
今日、ひとつ嘘をつきます 川沿いのコーヒーショップはうっすらと雨
020:信号  (方舟)
モールスの信号打てる過去ありし手に携帯のメール馴染まず
021:美  (フワコ)
朝焼けの美しさに少しだけ怯えもいちど毛布にくるまっている
022:レントゲン  (わたつみいさな。)
なにもかも見透かされてはいないはず少しうつむくレントゲン室
023:結 (中野玉子)
うっかりと離陸しそうに駆けていく ちょうちょ結びを背中にしょって
024:牛乳  (本田瑞穂)
寝る前に牛乳すこしあたためてこの部屋列車の音がきこえる
025:とんぼ  (春畑 茜)
ゆく夏のひかりよ影よ草ゆれてとんぼがとんぼ追ひゆくが見ゆ
026:垂  (橋都まこと)
背伸びしてバランスをとる 垂線は思ってたより少し前寄り
027:嘘  (nine)
ついた嘘全部信じてくれていたウサギになると言ってた少女
028:おたく  (末松さくや)
「カラオケ」も「おたく」もわかるキャサリンはぼくの名前をうまく言えない
029:草  (ワンコ山田)
ランドセル投げてあずけたれんげ草あっちゃんの帽子どこに隠した
030:政治  (松本響)
雨降りのランチタイムにしたたかな恋の政治がうごきはじめる
031:寂  (中村成志)
寂しくてゆめであなたとあったのにもっとさみしくなった三月
032:上海  (斉藤そよ)
似合わないことばこぼれて手拭いでぬぐえばしみる上海ブルー
033:鍵  (愛観)
黒鍵のように寄り添う君の影 半音分しか動かない恋
034:シャンプー  (Harry)
子がひとりでシャンプーできるやうになり親の役目はひとつ終はれり
035:株  (船坂圭之介)
凡そわれに縁なきものと思へども朝ごとに見る株価一覧
036:組  (ベティ)
一組のピアスを選ぶ午後8時裸身に似合うこと思いつつ
037:花びら  (紫峯)
花びらが水面(みなも)を下る花いかだ みな一様に添いて漂う...
038:灯  (黄菜子)
ほのあかき腕持つ人ぞ恋しけり唐人屋敷に灯ともすころは
039:乙女  (ふしょー)
神事ゆえ化けも化けたり若衆が豊作祈る早乙女踊り
040:道  (彼方)
ぴょこぴょことタンポポ頭が歩道橋二列で咲きゆく遠足日和
041:こだま  (林本ひろみ)
胸の奥ひびくこだまを聞きながら走らせていく夜の自転車
042:豆  (原田 町)
甘納豆やたら食べたきことありて電話もひとも誰も来ぬ日は
043:曲線  (堀 はんな)
緩やかな曲線作る坂道を登れば君の住む町に着く...
044:飛  (けこ)
飛行機は見送らないと 約束もしないと決めた 背を伸ばし立つ
045:コピー  (瑞紀)
考への巡らぬ今日はコピー機のあをき光を浴ぶる日とせむ
046:凍  (寺田 ゆたか)
風すさび身も凍るかの北の海の迫門(せと)行く船の水尾(みお)は鋭き
047:辞書  (大辻隆弘)
しろき腋みせつつ辞書を引きいだす少女ありたり書架の谷間に
048:アイドル (透明)
アイドルのつもりになると「くしゅん」って可愛いくしゃみが出せるんだって
049:戦争  (近藤かすみ)
『日本の、次の戦争』読む前に特上鰻蒲焼を食ふ
050:萌  (秋野道子)
萌黄色した半袖のセーターを母に選べばはつなつの街
051:しずく  (幸くみこ)
水着からしたたるしずく 合宿の朝には忘れる打ち明け話
052:舞  (かっぱ)
舞うはずの粉雪を待つジャケットをわざと忘れて会う日曜日
053:ブログ  (夜さり)
侮蔑の<ぶ>不器用の<ぶ>と書き並べなんぞ無粋なブログの響き
054:虫  (新藤伊織)
まっくろい波をただよう夜光虫をすくい手中に星座をつくる
055:頬  (お気楽堂)
梅酒から取り出した梅頬張って君の問いには答えぬつもり
056:とおせんぼ (里坂季夜)
陽焼けした腕いっぽんのとおせんぼ乗るはずだった電車が行った
057:鏡  (ぱぴこ)
憂鬱を誤魔化すだけの薄化粧もう長いこと拭かない鏡
058:抵抗  (寒竹茄子夫)
ゲリラ戦の抵抗はかなき青き街隻眼の漢(をとこ)瓦礫をあゆむ
059:くちびる (内田かおり)
ともだちに上手く思いが伝わらぬあの児はくちびる突き出して立つ
060:韓  (今泉洋子)
韓国に帰ることなき陶工の墓は寄りあふ祖国にむきて
061:注射 (西中眞二郎)
古き日の予防注射の痛さなど若き看護婦(ナース)に語りておりぬ
062:竹  (内田誠
最終のバスを乗りつぎ風の音をあつめる人と歩く竹林
063:オペラ  (animoy2)
オペラへの誘い断り居酒屋でハイヒール脱ぐ見合いはやめた
064:百合  (ゆあるひ)
住職の仕業か風の気まぐれか主無き墓所に白百合の咲く
065:鳴  (ほにゃらか)
目覚ましが「朝ぞ、起きよ」と鳴るからに「春ぞ、しばし」と頼みてゐたり
066:ふたり  (行方祐美)
ふたりとはときには寒き生き方とお好み焼きをひっくり返す
067:事務  (佐田やよい)
事務服の胸のボタンが取れかけて この信号を渡れずにいる
068:報  (浅葱)
報告をすることも無く母と飲むお茶ほのぼのと緑の香り
069:カフェ  (岩井聡)
たそがれのインターネットカフェに居てチリの夜明けとつながっている
070:章  (鈴雨)
苦しんで悩んで君が辞めた社の社章のロゴはいまも「心」か
071:老人  (紫女)
濡れながら折れた傘抱く少年の横顔蒼き老人が棲む
072:箱  (水須ゆき子)
小さき稲架いくつも並び箱庭の田も稲刈りを終える虫の音
073:トランプ  (飯田篤史)
やさしさとそのさみしさをトランプのようにならべてすぎてゆくはる
074:水晶  (田丸まひる
きみの目の水晶体をすり抜けるいちばんきれいなものになりたい
075:打  (みなとけいじ)
ひとを打つ手でもありしか卵置きの卵ぬるりと蒼ざめる午後
076:あくび  (みち。)
この波にのまれていない確信がなくて無理やりしているあくび
077:針  (David Lam)
針のごと別れの言葉待ちいしが君が「さよなら」猶もやさしく
078:予想  (智理北杜)
ポアンカレ予想もついに解けたという あとは私の存在理由...
079:芽  (ことら)
春の雨 花木蓮の白き芽はみな躊躇わず上を向きたり
080:響  (みずき)
水おとに響く羽音の漲りて 翔(た)つ鳥すでに白き朝靄
081:硝子  (小太郎)
ちゃんぼんを鳴らして帰る秋祭り硝子の鼓動が縮む膨らむ
082:整  (文月万里)
整えし夕餉の卓をそのままに二人無言で背を向け眠る
083:拝  (ひぐらしひなつ)
廃村の礼拝堂を抱いたまま冬 深緑に満ちるみずうみ
084:世紀  (まほし)
今世紀最初の日食告げる記事そしらぬ顔で朝陽がみてる
085:富  (きじとら猫)
助手席の君の寝顔にささやいた「窓の向こうに富士が見えるよ」
086:メイド  (睡蓮。)
空想で時にはメイドのような服着せられてみる脱がされてみる
087:朗読  (飛鳥川いるか)
惜別に音吐朗朗読み上ぐる「すいきんちかもくどってんかいめい」
088:銀  (遠山那由)
空高く銀色の雲たなびいて背中が知ったひとりの寒さ
089:無理   (ねこまた@葛城)
無いものを出せとは無理というものよ色気も悋気もとうに品切れ
090:匂  (小早川忠義)
少年は男とならむ吸ひ差しの煙草の匂ひゆるくまとひて
091:砂糖  (野良ゆうき)
スプーンの上で溶けゆく角砂糖大きく傾(かし)ぐ刹那もありて
092:滑  (究峰)
草スキーで歓声あげて滑りゆく子らも見えずにすすきが揺れる...
093:落  (まゆねこ)
幼子の靴の片方落ちており若草の野に花咲くように
094:流行   (萱野芙蓉)
地名にも流行りあるらし なにがし台などとな呼ばれそ太郎右衛門野
095:誤  (桑原憂太郎)
誤答にもレベルのありてエンマ帳に各設問の評価を記す
096:器  (瀧村小奈生)
てのひらに白磁の器うっすらと水の青さを映してとまる...
097:告白  (はるな 東)
誰かが言う好きだったよときっという同窓会で嘘の告白
098:テレビ (濱屋桔梗)
100人のブッシュが並び威嚇するテレビ売り場をそそくさと去る
099:刺  (佐原みつる)
取り立てて言うことはなく玉子かけご飯に刺身醤油をたらす
100:題  (空色ぴりか)
憂鬱はしんと静かにまぎれこむ食べ放題のレストランにも