題詠百首選歌集・その9

 異常気象と呼ぶべきか、暖冬の後に寒春が来た。このところ冬を思わせる寒い日々が続く。先日も書いたように庭の杏は二分咲きか三分咲きのままで終わった。腰折れを1首。
  二分咲きのままで散りたる庭の杏 いつしか緑の葉を付けており


     選歌集・その9

004:限(147〜173)
(こはく)さりげない励ましなんて無理だから寿限無寿限無と噛まずに言って
(描町フ三ヲ)切らなくちゃ時限装置はどこにある猫のおなかは涙をはじく
(暮夜 宴)限界を知らぬアヒルの子のようにいつか飛べると信じてた空
(萱野芙蓉)はづれたるわが尾はいづこぎんいろの秋の限りの月夜の野べか
(内田かおり)天と地の間(あわい)にありて人でありて限りあるものでありて愛(かな)しむ
006:使(135〜159)
(睡蓮。)ほろ酔いのグラス乾杯するたびに天使生まれる特別な夜
(nnote)使わない食器や家具が増えてゆく架空の男と暮らし始めて
(萱野芙蓉) いかほどの悪意であらばゆるさるる使ひ魔として夜に放つ蝶
009:週末(82〜110)
(花夢)ふと、彼に似てる。と思う 週末になるとかならずあらわれる猫
(新野みどり)週末は終わった恋を思い出しメールをそっと読み返してる
(上田のカリメロ) 恋人に逢えない午後のひとときに 海でもみてるそんな週末
(pakari)ため息を運ぶ仕事もあるという春の機関士たちの週末
(きゅん) 絶対にひとりで泣いたりしないようアイスキャンデー買い込む週末
(miho)週末に会った昔の友人はいつも週末みたいなままで
010:握(79〜106)
(ももや ままこ)親指を握りしめる手がほどけたら大人になってしまう気がして
(詩月めぐ)左手でぎゅっと握った携帯の鳴らない音を子守唄にする
(nnote)ひと握りほどの言葉とチョコレイト死んでもいいと思う春の日
(史之春風)懐にポケット瓶を忍ばせて片道だけの切符を握る
(緒川景子)はじまりはたいていそんなもんでしょう 置き去りのギター握りしめてた
014:温(52〜76)
(野樹かずみ) ここ過ぎてちちははの里われを抱く闇に重さも体温もある
(暮夜 宴)温もりを求めた猫の肉球に踏みつけられて終わる日曜
(田丸まひる)言葉にはしない気持ちを燻らせている体温を分け合う遊び
019:男(26〜50)
(ドール)今もなお私の中で笑ってるあの日のままの男の子たち
(春畑 茜)流されて春の岸辺をとほざかる男雛女雛もわれの想ひも
(本田鈴雨)姑(はは)の持つアルバムにいたきかん気な目の男の子よこで眠れる
(文月万里)松明を掲げ裸体の男たち揉み合いまろび闇駆け下りる
(新野みどり)男とは縁の無い身を嘆く夜カクテルを手に友と語らう
021:競(26〜50)
(富田林薫)じっちょくな競歩選手がうかつにも駆けだしそうな日曜の午後
(春畑 茜)競ひあふ手のあまた見ゆひとすぢのひかりに蜘蛛の糸垂るるさき
(青野ことり) 天たかく競り合うように昇りゆく 川面を揺らす風になるため
(萌香)やさしさを競い合うより傷つけて傷つけられて知った愛しさ
031:雪(1〜29)
(みずき)死のやうな雪の結界 無常とふ心に降らす夜の泡雪
(髭彦)突忽(とつこつ)に歌めくもののわが裡に噴き出でし朝雪はふりけり
(行方祐美)またの名を雪客と呼ぶ国もあり鷺とはひろらに天を飛ぶ鳥
(はな)パン作り銀のボウルに粉ふるう春めく昼に豪雪が降る
(本田鈴雨)生まれきて初なる雪に瞳(め)をみはり汝が開けし口のまどかなること
032:ニュース(1〜26)
(ねこちぐら) 投げやりなニュースの口調を傍らに街は我らを目覚めに押しやる
(船坂圭之介)孤独ゆゑかなし黄昏・・風説のただ融けゆくをニュースと為すや
(稚春)毎朝のニュースも今日は聞き流す だって隣に君が居るのだ
(みずき)毎日がニュースのページ繰りかへす良きも悪しきも徒然の春
(はな)共感と思考回路をオフにするニュース聞いても痛まぬように
033太陽(1〜26)
(船坂圭之介)さらば春よ思ひ焚くごと捨つるごとああ太陽の翳薄くして
(稚春)いつだって一人で遊んだ太陽の光集めて蟻を殺した
(はこべ)雑踏のなかにあれども太陽は孤独にさせるゼブラゾーン
(坂本樹)てのひらも空もさみしい太陽と呼ばれるものをひとつ燃やして
(駒沢直)太陽の絵文字ひとつのカラ元気 下書きのまま祈りは眠る