題詠百首選歌集・その16

 早いもので、今年もゴールデンウィークに入った。もっとも、仕事を離れた身としてはあまり関係ない話ではあり、その開放感が味わえないのは少し物足りないところではあるが、あまり贅沢を言うわけにも行くまい。


      選歌集その16

009:週末(140〜164)
(みち。) ただすこし泣きそうな日がふえてきて東京タワーにのぼる週末
(里坂季夜)週末の記憶をあたためなおすためホットミルクにラム酒は多め
(みゆ)バスタブに羽衣ジャスミン浮かべても 沈んだままの重い週末
013:スポーツ(103〜129) 
(里坂季夜)和田誠表紙の本を詰め込んだスポーツバッグはもうないけれど
(市川周)スポーツと認められない悔しさにプロテイン飲み干すかるた部部長
(おとくにすぎな)ぼくにだけ見えないぼくの弱点に目印を貼るスポーツドクター
023:誰(51〜76)
(萌香)誰にでも優しい人と知りながら特別な日にしてしまう春
(橘 こよみ)ハイチュウの銀紙はがしそこねた日五線譜に見た誰かの希望
(つきしろ)香水をすこし甘めのものにする 誰かに呼ばれたような気がして
(夏実麦太朗)この空を君にあげると言ってみた誰のものでもない空だから
(五十嵐きよみ)幸せはごくささやかであっていい誰ともちがう私でいたい
024:バランス(51〜75)
(川内青泉)目をつむり片足バランス「はい、OK」第二内科の教授回診
(磯野カヅオ) 「会いたい」をひだりに載せたバランスは動揺もせず右に「会えない」
(五十嵐きよみ)バランスを考えながら束ねゆくスイートピーのゆたかな重み
(素人屋)棄てるとか大切だとか守るとかアンバランスに夕日傾く
025:化(51〜76)
(帯一鐘信) 化粧する女の鏡覗きみて地獄で暮らす顔と向き合う
(つきしろ) 青空を忘れたような目を閉ざし化学教師は煙草をのみき
(sera5625)時が過ぎ反応式が変化して 化学反応しない僕たち
(萌香)去り際に貴方の刺した楔から過ぎた時間を劣化させてく
(ぱぴこ) フラスコに注ぐ夕焼け君の住む町と小指が化合していく
052:あこがれ(1〜26)
(ねこちぐら)ゆうるりと添いて眺むる望月は彼方に霞むあこがれのまま
(船坂圭之介)若かりし日にあこがれし女教師の瞳(め)の輝けり いまはいづこに
(髭彦)なひ交ざるかすかな不安とあこがれと職退く後のくらし想ひて
(春畑 茜) あこがれはこの身にすこし残りゐてエレベーターに月夜をのぼる
野州)流れ来る循環和音のはしきやしあこがれ色の空となるまで
(暮夜 宴)あこがれは孔雀の羽のまんなかの玉虫色の静かな炎
053:爪(1〜25)
(みずき) 爪さきを先づあはあはと染めゆくは遊女墓とふ遠き憂愁
(行方祐美)深爪が痛いのですがと顔文字を送ればきっと春雷は鳴る
(駒沢直) ぼんやりと僕らの恋の先にある同じ爪切り二人で使う日
(春畑 茜) いつかいつかこの子がわれの骨拾ふならむと思ふ爪切りながら
054:電車(1〜25)
(ねこちぐら)深々と闇を静かに潜り往く終電車には幻も乗る
(みずき)西日して虚ろを揺らす電車よりミレーの農婦遠ざかりゆく
055:労(1〜25)
(ねこちぐら)伏せおれば労るごとく猫達は代わる代わるに枕辺に寄る
(行方祐美)労いのことば地に落ち種となれ別れは明日をきっと生むから
(春畑 茜) 悉くわれの疲労を喰ひ尽す鯉あらはれよこの夕まぐれ
056:タオル(1〜26)
(船坂圭之介)ライラツク色のタオルに汝が香あり去りし歳月重し俄かに
(ふしょー)ストレスが見せる悪夢の気配さえ夜のタオルは吸い取っている
(行方祐美) バスタオル二枚は平らに置くべしとスーツケースの詰め方に沸く