題詠100首選歌集(その22)

 ゴールデンウィークも今日で終り。皆様お疲れさまでした。今日は素晴らしい五月晴れ、明日も良い天気のようだ。旧暦の五月は五月雨の季節なのだろうから、「五月晴れ」というのは、新暦になってから生まれた言葉なのだろうか。

 
 追記 このブログを御覧になったある先達から、以下のような趣旨の御教示があった。―――「五月雨」も「五月晴」も本来は、陰暦5月を表すものだ。「五月晴」は新暦の5月の天候のイメージが強くなって、新暦5月の快晴を表した誤用が今では正しい用法として定着したようだが、本来は、降り続く五月雨の合間にたまさかからっとした青空が広がることを言い、鬱陶しい季節だけに、その快さがひとしお感じられたものと思われる。この日こそ洗濯物もよく乾くということで、元禄時代俳人横井也有に「男より女いそがし五月晴」の句がある。―――


 この歳になっても、初歩的な知識の欠落があり、それが何かの拍子に埋められるのも面白いことだと思う。ふと頭に浮かんだ川柳の積りの駄句を一句。「恥をかくたびに少々知恵が付き」(5月8日追記)。


       選歌集・その22


014:泉(140〜164)
(五十嵐きよみ)しあわせなときには泉に見えていた底なし沼に足を取られる
(雨谷佳以)泉には尽きることない百八のため息がほら湧いている春
(吉浦玲子)血縁と遠く離(か)れきて漬けありし泉州水茄子ほろほろと食ぶ
029:杖(79〜104)
(kei)泣き出さぬように頬杖ついている藍色深くなっていく街
月夜野兎)横顔に見惚れて頬杖つきそこね コップが倒れたせいにしてみる
(暮夜 宴) 虎杖の匂う夏の日ふたりからこぼれるようにひとりになった
(村上きわみ) もう遠いこころになってわたしたち虎杖の茎くわえてあるく
(橘 みちよ) 細き杖めぐらせ椅子に掛ける君二十歳の澄んだ瞳盲(めし)ひて
033:すいか(58〜82)
(駒沢直) 雨の日に交わしたキスはすいか味 恋と呼ぶにはなまぬるい部屋 
(天昵 聰)信号はすいかのような色をしてボクを大人にさせてくれない
(萩 はるか)重そうなすいかぶら下げ祖母が来る夢ばかり見た初七日あたり
(遠藤しなもん)冷めんのすいかを母の皿にのせ もう少しだけ続く八月
034:岡(55〜79)
(ほたる)オセロゲーム何度やっても勝てなくて盛岡冷麺好きだった人
(斉藤そよ)詠題に呼ばれてやっと着地する 樽前山麓錦岡町
(健太朗) 岡本と 例えば名乗る その時は 我の名前は 岡本なりて
035:過去(57〜82)
(原田 町)過去よりも未来を見据えゆかねばと楠の若葉のきらめき仰ぐ
(新井蜜)過去形のきみの話を聞くあいだ降りやまずあれ桜の花弁
(富田林薫)アルバムの寫眞をはがすひたむきな過去があなたが散らばつてゐる
(ほたる)脳内の検索キーを叩くとき過去ログの中きみと目が合う
(斉藤そよ)過去からもトンカチの音さんざめく四月なにかをつくりたくなる
(萩 はるか)過去形の恋切り捨てて彼を待つマルガリータを飲み干しながら
(大辻隆弘)夜の卓に梅の青実を拭くふたり過去世未来世けぢめもあらね
(絢森)幾重にも連なる地層埋もれた過去から拾う化石をひとつ
052:考(26〜50)
(中村成志) 「考えは箸先に出る」酢醤油に肉饅頭をひたす牡牛座
(新井蜜)暇な日があってもいいさ考える人になりきるデスクに向かい
053:キヨスク(29〜52)
(はこべ) キヨスクののど飴ひとつポケットにきみ待つ駅へあと15分
(岡本雅哉)キヨスクの牛乳パックの青さには学生服と寝ぐせが似あう
065:眩(1〜27)
(みずき) 潮騒へ日の目眩(くるめ)く堕ちゆきて縞目に消ゆる海の恋(こほ)しき
(磯野カヅオ)あてどなく彷徨ふ初夏の人群れの撫でし眩暈に身を委ねたり
066:ひとりごと(1〜28)
(行方祐美)嬰児の喃語は小さなひとりごとぐにゃぐにゃひゃらり音は光りぬ
野州) さびしいといふひとりごとまたきこえ深夜回転寿司のさみしさ
(詠時) そう言えば電車でブツブツひとりごと言う奴いるなとひとりごと言う
(髭彦) ひとりごと言ふ代はりにぞ歌詠まむ一年(ひととせ)後に職を退(ひ)きなば
(藻上旅人)ひとりごと気づけば何度もくり返す鏡台の前 恋が始まる
067:葱(1〜26)
(船坂圭之介) ”葱白く洗ひたてたる寒さかな”芭蕉大人くしやみし居るや
(みずき) 葱きざむ音は亡母かわたしかと厨あかりが揺れて如月
(梅田啓子)ラーメンの葱のにほひをさせながらくちづけをせし夜のキャンパス
(松下知永)春雨は透明となりまぶしかり春には春の葱を降らせる
(たちつぼすみれ) 葱刻むような日常過ぎゆきてあとどれほどの夕餉のしたく
(中村成志)生煮えの葱の滑りよほふほふと左奥歯に浅蜊弾ける