題詠100首選歌集(その24)

 雨でもないのに、うすら寒い1日。今も、カーディガンを羽織り、床暖房を点けて、パソコンに向かっている。


       選歌集・その24
024:岸(101〜126)
(絢森)かなしみの砂時計よりあふれ出る雨を知るため岸辺にて待つ
(村木美月) 向こう岸たたずむ君が背を向ける涙のわけは今は聞かない
(斉藤そよ) あたらしい岸辺にふれる春四月 居場所にしたい場所がみつかる
(小椋庵月)春からは都会で学ぶ従姉から彼岸参りのお誘いメール
(五十嵐きよみ)とびきりの笑顔で行こう会えるかもしれないセーヌ左岸の店へ
028:供(83〜107)
ひぐらしひなつ) 供花朽ちて訪うひとのなき墓ひとつふたつ数えて晩夏を歩く
(萩 はるか) ミシンがけされた浴衣のあじけなさ針供養する祖母なつかしむ
(史之春風)神棚に供えた餅の青黴を薄く削ぎ終え冬を煮詰める
(橘 みちよ) 廃院に供養されざる手術器具棚に並びゐる光放ちつつ
(村上きわみ)ぎぃぎぃと啼く鳥がいて六月の供花(くうげ)はどれもこれもむらさき
(小早川忠義)巡り会ひて終に打ち解けられずして人身御供に帰る場のなし
030:湯気(76〜100)
(萩 はるか)見切り品いちご買い占め煮るジャムの湯気の甘さに満たされてゆく
(青野ことり)はじまりは冬の真中にぎやかな湯気のまにまにゆれる横顔
039:王子(52〜76)
(原田 町)かつてわが王子のひとりメタボなる腹ゆすりつつマイクを握る
(大辻隆弘) しづくする緑の傘をつぼめつつ雨の王子の駅に別れつ
051:熊(26〜50)
(酒井景二郎)幼さは魔法に似たり足下に小熊の如き犬を眠らせ
(はこべ)道端に捨てられているぬいぐるみ熊のその目が泣いている秋
(磯野カヅオ)透影を落とす新葉の熊笹に沿ひてさぐくむ叢林の径
(流水) 良い人でいることにもう疲れたらテディ熊のシッポで遊ぶ
(七十路淑美) 古(いにしえ)の大宮人の熊野詣で思うだに難し現代(いま)生きる身には
069:呼吸(1〜28)
野州)雷来りそののち去りて鎮もれる森の呼吸もおもふゆふぐれ
(みずき)ダリの絵の呼吸をしたる 青磁から藍のトーンに変はるたまゆら
(梅田啓子)つひにわが眼下に桜のひろごりて吉野の山に呼吸ととのふ
(藻上旅人)あの人が呼吸しているこの街の駅に降り立つ恋が始まる
(Asuka) 鍵盤に涙のわけを押し込める ピアニッシモで呼吸(いき)を殺して
070:籍(1〜27)
野州)兵たりしものにあらねどさまよへば慰藉のごとくに咲けるゆふがほ
(夏実麦太朗) ああ俺も父親なんだなあなんて改めて見る戸籍謄本
(草蜉蝣)うでまくり湯のみの泡を流すきみ籍入れるとは言へぬまま秋
071:メール(1〜27)
(此花壱悟)春彼岸スパムメールに紛れ込む一行だけの君の消息
野州シラクサとふ町から届くエアメール白南風ひかるゆふべなりけり
(船坂圭之介)春宵や一字違ひのアドレスに知らざるひとのラヴメール届く
(詠時)誤変換時には楽し母からの暗号メール解読する午後
(梅田啓子)一行のメールが胸に刺さりゐて新緑のもとわが鬱深し
(草蜉蝣)ふられては歩けやしなひ北野坂 古いメールはまだ未送信
(中村成志)メールでははずかしいからきみの目のゆらぎの前で言葉を紡ぐ
(酒井景二郎) 嫌な酒を飮んで歸つてきた夜の友のメールは短さが良い
072:緑(1〜26)
(此花壱悟)黄緑のクレパスだけを買いに行けば小銭と重さを較べたくなる
(梅田啓子)一つとて同じ緑はなかりけり芽吹きの季(とき)の山のふくらむ
(たちつぼすみれ) 満々と花緑青を湛えたる毘沙門沼をそぞろ歩けり
(酒井景二郎)樣々な緑の燃える春だから寒い日記はもう開かない
(中村成志) 画用紙に全部の緑敷きつめて布バケツからこぼれる日ざし
073:寄(1〜25)
(みずき) 寄り道をすれば雨降る屋久島の洞に棲みつく海の高鳴り