平成20年・題詠100首百人一首

    平成20年・題詠100首百人一首


001:おはよう
  (kei) おはようの声は谺を連れて来る明日閉ざされる山の分校
002:次
(内田かおり) 眠れない太郎も次郎も降る雪も昔語りのリズムに溶ける
003:理由
(やすまる) 微睡みの理由としては雨降りに半音下がる話し声など
004:塩
(冬鳥)約束の時間を過ぎて原っぱはシオカラトンボだけの原っぱ
005:放
(拓哉人形)ん で終わるしりとりみたい。繋がらぬ会話を空へ放つ夕暮れ
006:ドラマ
佐藤紀子)ヒロインが不安な顔をするときに連続ドラマは「明日に続く」
007:壁
(水都 歩)壁際の席ひとつありその席は白い帽子の君に譲ろう
008:守
(ME1) 守るべき想いに尽きて迷い月 三十日間際の 三十路有明
009:会話
(砺波湊)好物を執拗に尋ねられておりチェコ語会話の教本のなか
010:蝶
(小早川忠義)羽ばたくは風に逆らふことなりて蝶の最期は羽の畳まる
011:除
(野良ゆうき)削除キーひとつで僕が消してきたものたちの名は覚えていない
012:ダイヤ
(たちつぼすみれ)ダイヤルを回す間のときめきを忘れたくないあなろぐ世代
013:優
(萱野芙蓉) いつまでも十六歳でゐたい娘が優しげな手でチキンをむしる
014:泉
(久野はすみ) 主計(かずえ)町くらがり坂の泉には母の鏡と花を沈めん
015:アジア
(佐山みはる)楼蘭に有翼天使の絵はありきアジアに紅き砂嵐起つ
016:%
(こはく)あとおしをしたのは海に吹く風と%(パーセンテージ)に練りこんだ嘘
017:頭
(八朔)愛されることを怖いと思わない坊主頭が眩しい真夏
018:集
(夏椿)遺歌集は現在形でつづられて行間にけふも秋の雨降る
019:豆腐
(泉)おぼろてふ豆腐をふたり分け合えば白き半月ふるふる崩る
020:鳩
(あおゆき)鳩はただ象徴として飛ぶばかりひとが死ぬ日もたくさん死ぬ日も
021:サッカー
(村上きわみ)夏の子が夏の男になってゆくシアサッカーのシャツをはおって
022:低
(玻璃)左右へと一期一会の 冬の日の風に流るる雲の高低
023:用紙
(一夜)鉄筆と蝋引用紙誇らしく ガリ版刷りし我図書委員
024:岸
(お気楽堂) 岸壁をいともたやすく蟹歩む歯を食いしばることのむなしさ
025:あられ
(虫)お茶漬けに浮かぶあられをつまめずに明るく揺れる菜の花ばかり
026:基
(ワンコ山田)複雑な基板なぞっている指が星座の話になってゆく君
027:消毒
(原 梓) 人並みの郷愁などわれにもありて消毒液(オキシドール)の沁みる夕暮れ 
028:供
(史之春風)神棚に供えた餅の青黴を薄く削ぎ終え冬を煮詰める
029:杖
(つばめ) 頬杖で待ち人のあるふりをするファストフードの二階の孤独
030:湯気
(井関広志) あてどない大きさゆえに海の夜はコーヒーカップの湯気を見ており
031:忍
(みゆ)忍ばせた「好き」が誰にもばれぬよに少し長めに前髪おろす
032:ルージュ
(里坂季夜)紅くないルージュばかりの引き出しに決して笑わぬ二十歳の写真
033:すいか
(みち。) 初夏のすいかの種のようにこの少しおおきな嘘を飲みこむ
034:岡
(ほきいぬ)「大発見ッ!『岡』って漢字をじっと見てッ!! なんかアザラシの顔に見えないッ!?」
035:過去
(七十路淑美)過ぎてゆく人生過去と呼ぶならばこれからの過去デザインせむか
036:船
(駒沢直)客船の窓はまぼろし目を閉じて海の匂いを街中でかぐ
037:V
(斉藤そよ)しのこしたことをしようか新緑のV字カーブを曲がりきれたら
038:有
(藻上旅人)有理数ふたりで表現できるのに日々出会うのは無理数ばかり
039:王子
(那美子)いつまでも白馬の王子夢に見し 少女(をとめ)のままでいたき初春(はつはる)
040:粘
(ゆふ) 紙粘土で作りし花瓶にタンポポをさしてきのふのつづきを話す
041:存在
ひぐらしひなつ)絶対に存在すると言い張ってもう横顔で窓を見ている
042:鱗
(岩井聡)アチェクルドチェチェンチベット川底に光るは剥がれ落ちた鱗か
043:宝くじ
(ジテンふみお) 宝くじ一等が出た売り場にはそうとは見えぬ売り子鎮座す
044:鈴
(寒竹茄子夫)鈴掛(すずかけ)の樹肌をなでて春雷の遠のく午後をゆつくり濡るる
045:楽譜
(水野加奈)明日には刈られる麦の風のなか楽譜を脇にはさんで歩む
046:設
(原田 町)自分にはメタボ緩めの設定でケーキをふたつ腹に収める
047:ひまわり
(船坂圭之介)うたかたの夢にかも似つ遥か日にふたり歩みしひまはりの道
048:凧
(みずき)上げ凧は放物線の糸曳きて雪の無音を空に映せり
049:礼
(新井蜜) 着ることのまれなタンスの礼服がきつくなりまたややゆるくなる
050:確率
(青野ことり)雨の降る確率は0% ゴーヤのカーテン外は日盛り
051:熊
(酒井景二郎)幼さは魔法に似たり足下に小熊の如き犬を眠らせ
052:考
(大宮アオイ) 考えの甘さを責める君の目の色が悲しい駅の改札
053:キヨスク
(はらっぱちひろ) 酔いながらひとりよがりの夢をみて竜宮城のようなキヨスク
054:笛
(寺田ゆたか) 背を伸ばし山車の上に立つ乙女子の笛の音冴ゆるふるさとの夏
055:乾燥
(あいっち)肌よりも乾燥しやすい心かも知れずちいさな詩集をひらく
056:悩
(流水)悩み事記す日記は閉じたまま半熟玉子のやうに眠りぬ
057:パジャマ
(萩 はるか) 「見せパジャマ」と命名しますお泊まりで着るためだけの白地にハート
058:帽
(橘 みちよ)車窓より風にさらはれし夏帽子時のかなたに置き去りのまま
059:ごはん
(村木美月) 炊きたての白きごはんの温もりにどっぷりつかっていたい月曜
060:郎
(梅田啓子)「くいだおれ太郎」の引退惜しみつつ道頓堀にたこ焼きを食ぶ
061:@
(本田鈴雨)@(アンフォラ)と読めば想ひはいにしへの素焼きの壷に葡萄酒満たす
062:浅
(岡本雅哉) キャンパスの芝のにおいをとじこめて浅黄色めく卒業文集
063:スリッパ
(五十嵐きよみ) 病院のスリッパみたいな面々がてんでに勝手なことばかり言う
064:可憐
(村本希理子) 足指の爪の可憐はそのままに末の妹もはや四十二歳(しじふに)
065:眩
(近藤かすみ)逃げ水が眩しくひかる真昼間のコンクリートを撫づるビル風 
066:ひとりごと
(詠時) そう言えば電車でブツブツひとりごと言う奴いるなとひとりごと言う
067:葱
(わたつみいさな。) どうにでもなることばかり気になって葱を忘れたみそ汁を飲む
068:踊
(月子) オルゴールの蓋を開けると踊りだすバレリーナはいつも悲しい顔して
069:呼吸
(大辻隆弘) 真夜中の花舗のガラスをくもらせて秋くさぐさのしづかな呼吸
070:籍
(沼尻つた子) 鬼籍なることば知りたり青鬼の戸籍係は眼鏡をかけむ
071:メール
(紫月雲)「らじゃ」という一行メールでさえいまも削除できない 風は秋いろ 
072:緑
(西中眞二郎)山々は淡き緑におぼろなり萌え出づるものはみな弱々し
073:寄
(小椋庵月)田を走る二つの影が寄り合って一台になる自転車は秋
074:銀行
(美木) 通帳を並べ3つの銀行の残高よりも多いため息
075:量
(髭彦)たはむれに陽子(ようこ)さんとか量子(りょうこ)さんとミクロな世界をつぶやいてみる
076:ジャンプ
(ほたる)よそ行きのドレスを纏う片足でジャンプしてみる裸足のままで
077:横
(はせがわゆづ)隠された本音探りつつとりあえず横断歩道を渡り始める
078:合図
(此花壱悟)コーヒーの合図は内線3回で失業の兄ぬっと出てくる
079:児
(行方祐美)嬰児は桃の季節に育ちおりくちびるひらりと鳴らしはじめて
080:Lサイズ
(蓮池尚秋)間違って買ったLサイズのシャツはロゴのスペルも間違っている
081:嵐
(はこべ)奥多摩の山の小駅に青嵐の光あふれて風の道見ゆ
082:研
(夏端月) 知りたくもないことばかり聞かされてくちびる噛んで米を研ぐ夜
083:名古屋
(夏実麦太朗)空っぽな重い心を乗せている名古屋止まりのひかり最終
084:球
(椎名時慈)もしキミが絶望するなら地球など終わってもいい エアコンは「強」
085:うがい
(蓮野 唯) まだ上手く出来ないうがいでも音を上手に真似る我が子は二歳
086:恵
(イツキ)教えてもいない悪知恵身につけて少年たちが羽ばたく真夏
087:天使
(中村成志)今ここに天使が座っていたよってまるまるふとる畑のキャベツ
088:錯
(やすたけまり) メルカトル図法で淡くひろがったグリーンランドのような錯覚
089:減
(絢森) 幻滅をしたならそうと言えばいい 磨り減ってゆく黒い秒針
090:メダル
(佐原みつる)メダル集めに夢中になったあの頃に青い栞は挟まれたまま
091:渇
(幸くみこ)キャラメルの格子みたいに手の甲は渇いて冬がそこまできてる
092:生い立ち
(今泉洋子)生ひ立ちを語り初む時少年のひとみに秋の海がひろがる
093:周
(月原真幸) 夕暮れの周回遅れのいいわけをしないつもりで結ぶ靴ひも
094:沈黙
(FOXY) <沈黙>と彫られしのみの墓標にて胡麻の花咲き風吹くばかり
095:しっぽ 
 (野州)青春のしつぽもすでに擦り切れてゴールデン街早早と去る
096:複
(勺 禰子) 複写用カーボンをまだ使ってる職場に絶滅危惧種の多し
097:訴
(帯一鐘信)  新宿のゴミに埋もれて朝焼けを浴びる勝訴の紙の切れ端
098:地下
(桑原憂太郎) 体育館の地下に置かれし飛び箱の中に昭和の牛乳パツク
099:勇
(瑞紀) 月曜は硬き靴音勇ましく響かせ歩く駅までの道
100:おやすみ
(暮夜 宴)「おやすみ」のすみの方からぽろぽろと零れるゆめの欠片が痛い