題詠100首選歌集(その11)

          選歌集・その11


011:青(87〜112)
(穂ノ木芽央) 果てのなきゼブラの道を追ひかける青信号は点滅のまま
(橘 みちよ)群青のラピスラズリの玉に触る死者の額撫で別れし日のごと
(すいこ) それぞれの瞳に棲む色は違うからただ詩を紡げ夕焼けの青
(珠弾) 青ざめた騎手に応じて鞍下の鹿毛も瞳を曇らせている
(A.I) 青柳をぬたに沈めてひとやすみ 陶器の匙の白やわらかき
(鳥羽省三) 青子とふ祖母の名見ゆる過去帳に見せ消ちのあり紙魚喰ひの在り
012:穏(76〜109)
(さむえる)語らいはふた言三言静穏な夜が更け行く暦の終り
(新田瑛) 平穏に生きたいのですこころから まちはみどりの埃積もらせ
(青野ことり) 穏便に済ませつづけてきょうはこのピースをどこに嵌めこめばいい
(高松紗都子)行きましょう春は名のみの寒さでも喫水線が穏やかならば
(橘 みちよ) 保護されし熊鷹の眼は挑みくるこの安穏に慣らさるるなく
(青木健一)穏やかな春の陽だまり古書店の背表紙朽ちた革命年鑑
(鳥羽省三) 穏やかな日和でしたと妻は言う長女桃子の七回忌の夜
(牛 隆佑)穏やかな日であるさては戦争が始まるのかと覚えるほどの
(本間紫織)穏やかな光を知った おかあさん今日からわたし妻になります
013:元気(68〜98)
(原田 町)正月は帰れないよの電話のみ息子元気と思ふほかなし
(秋月あまね) 決心の言葉の軽さ「元気で」にいともたやすく挫かれている
(リンダ) 「おかあさん」と上手く言えずに泣いた子が「おかん元気か?」と逢うたびに言う
(青野ことり)起きぬけに船底にいる心地して 元気なふりはしないですごす
(A.I) 元気かと聞かれて頷くしかなくて靴先で蟻踏みにじりつつ
014:接(64〜93)
(新井蜜)接点はまうないのだと諦める後ろ姿を見掛けたときも
(原田 町) 交接のかたちのままに凍らせたアオイトトンボの標本を見き
(中村成志) 争いの終わりて帰る道なれば接尾語のごと月は従う
015:ガール(61〜88)
野州) 青空にとどけと跳ねるスカートの丈も短し恋せよガール
(さむえる) 重力を持たぬ世界の夢を見る恋人たちのマルク・シャガール
016:館(57〜82) 
(氷吹郎女)地図見つつ沈没船のお宝を探す気分の図書館の地下
(梅田啓子)日曜の雨の図書館みな黙しひとりの時間をとり戻しゆく
(リンダ) ひとり見る映画館にて夢想して帰途は悲劇のヒロインである
(藻上旅人) この坂の上の館の飼い犬の声が遠のく月曜の午後
(駒沢直) 夕暮れの図書館で見る稲光 君は近頃本を読まない
(新田瑛) 書架を見上げながら歩けば図書館の一部となって過ごすひととき
023:魂(27〜54)
(コバライチ*キコ)器にも魂ありぬ春の菜を盛れる白磁が清(すが)しさを増す
(翔子)魂を恋に吸はれたともだちの苦悩の底に小石投げたし
(船坂圭之介)夕さりて他界のひとを想ふとき離ればなれし魂(たま)の相倚る
(氷吹郎女) お互いに秘めた魂胆さぐり合い確かめ合って不敵に笑う
(周凍) こころより遥かに遠くおよばざるいのちよりなほあはき魂
(行方祐美)ほんはりと春の魂あるならむ萌花すこやかに明日ひな祭り
024:相撲(26〜56)
(わたつみいさな) わたしらしく在りたくなんてない午後に紙相撲する犬を見ている
(アンダンテ)ゆび相撲する子ら笑い声ひびく ひだまりのなか風だけ二月
(綾瀬美沙緒) 光らない 液晶見つめ 泣き笑い 一人相撲の 夜は更けゆく
025:環(26〜51)
(綾瀬美沙緒) 痩せた胸も 指環の跡も 吾なりと 少し震えて 君の前に立つ
(周凍)春の夜の霞か雲か月の環のけぶりてあかき山ぎはの色
026:丸(26〜53)
(綾瀬美沙緒) 夜空から 丸を描いて 舞い降りる 君の吐息に 似たなごり雪