題詠100首選歌集(その35)

選歌集・その35

002:暇(255〜279)
(時坂青以) せんべいの はしていねいに かじりおり 暇とはこうも 時がのびるか
(水煙)何も無く空気の如くすぎてゆく暇の重みを知る寝入りばな
(田中彼方)プチプチをひとロール買う。寂しさをかくして、暇をよそおって、買う。
(鳴井有葉)暇そうに素振りしているTシャツの白から少し見えてる背中
005:乗(232〜257)
(櫻井ひなた) 何回も乗った助手席 今日くらいあたしの夜ごと奪ってほしい
(F-Loch)幼い日木馬に乗って旅をした、アヴァンチュリエール遠くゆめみて
(時坂青以) 乗り過ごし 見送るホーム 人まばら 向かいに同じような 人 おり
(やすまる)横に乗るただそれだけをゆるされて激しい雨の季節を走る
009:菜(209〜233)
(F-Loch)いま蛇が通ったよくるぶしのそば、菜の花の黄がいやにまぶしい
(永居かふね) 菜の花の匂いがしてる線路沿いよしなしごとも脇に置いてく
(柴田匡志) 菜の花の咲きたる歩道を学生は離任式へと向かいゆきたり
(瀬波麻人)分け合えるものみな愛し 菜箸の長さに慣れて揚げる天婦羅
031:SF(102〜126)
(チッピッピ) SFの小説読めばもう夕餉いつ乗ったやらタイムマシンに
(佐藤 紀子) SFのやうで不気味と八十歳最新トイレを使はむとせず
(ワンコ山田) SFの短編としてここちよく破滅へ走る手に手を取って
(駒沢直) ここがもう未来なんだとSFの直線上にいまいる僕ら
036:正義(80〜104)
(豆野ふく) 一寸の正義を私に突き刺して 「好きだった」なんて冗談やめて
(五十嵐きよみ) カッコよく決められるまで繰り返す正義の味方の変身ポーズ
(ワンコ山田)切実でない「正義」とかたまに書き敏感にする手の甲のメモ
038:空耳(76〜102)
(七十路ばば独り言)夢の中聞こえし空耳誰ならむその夜の訃報が答えとなりぬ
(穂ノ木芽央)君なほも空耳と云ひ拒むのか白き日傘のひらく音して
(村木美月) もう二度と呼ばない名前いつまでも空耳となり寄り添っている
(ちょろ玉)君はもういなかったけど「ごめんね」は空耳じゃないような気がした
048:来世(52〜77)
(青野ことり)いまのこの取るに足らない安心に来世のことはまだ想わない
(原田 町)墓石の下の窪みがわが来世小さき骨のカタカタ鳴るや
(鮎美) かはたれの浅き眠りに来世よりさかのぼりくる木琴の音
眞露) 来世では花にかこまれ暮らしたい言葉語れぬ石になっても
(すくすく) 来世でもあなたのことを待ってます中央出口改札前で
(時坂青以)もうこれで終わりにするという君と来世じゃ会えない寂しさを知る
佐藤紀子) これの世に少し疲れて耒世を夢見る夜はドビッシー聴く
(高松紗都子)来世など信じる気持ちになっている病院帰りのバスにゆられて
049:袋(53〜78)
(鮎美) きよらかに生き来しひとの葬式で清めの塩の袋受け取る
(斉藤そよ)おひさまに暖められた草原へ 手織り袋で運ぶ言の葉
佐藤紀子)少しだけ目覚めた主婦のやうに言ふ「レジ袋なら要りませんから」
050:虹(51〜77)
(ふうせん)一度だけやっと出会えた虹なのに記憶の端でかすんでいます
(中村成志) 雷(らい)止みて蛟(みずち)は虹に変わりゆくゆるゆると立つ河原の葦
(鮎美)なつかしき人影もなしふるさとの工場沿ひの川は虹色
(橘 みちよ) 不動尊濡らす飛沫(しぶき)にささやかな虹のかかれる雪解(ゆきげ)のみづに
佐藤紀子) 虹の橋降りて下界に来るといふ鬼の子は親が恋しかるべし
(虫武一俊)いつの日か噴水は虹をつれてきて街いっぱいにあふれだす空
066:雛(26〜51)
(梅田啓子) アラビアの砂漠に暮らすをみなごにせめて雛(ひひな)のカード送らむ
(じゅじゅ。) 道のべで小さく揺れる雛桔梗 降りみ降らずみリズムを刻み
(周凍)つばくろや軒端にはやき影冴えてひときは高し雛の鳴くこゑ
(理阿弥) 雛たちを可不可可不可と選り分くる荻窪ビルの五階は狭し
(ひじり純子) いたいけな賑やかな声小鳥屋の雛は買われることをも知らず
佐藤紀子) 恋人となりたる頃の若き夫 女男(めを)の立ち雛彫りてくれたり
眞露)雛壇にならぶ猫たち寄り添いて小町通にひびく鈴の音
(鮎美)雛壇は解体されゆきチェリストは中年親父に戻りゆくなり