題詠100首選歌集(その33)

          選歌集・その33

009:寒(185〜209)
(希) 寒色のつばさを広げ会いにいく雲とため息多めの夜に
(詩月めぐ)梅雨寒の午後はあなたを思い出すジャスミンティーの香り切なく
(冬鳥) スプーンをさしいれるとき寒天の底はかすかな鈍色(にびいろ)の空
ひぐらしひなつ) 寒気団到来を告げたあの日からあなたのメール途切れたままで
(晴流奏)言えぬまま想い飲み込む梅雨空のまだ肌寒き夜風にも夏
010:駆(180〜204)
(ワンコ山田) 胸駆ける加速のついた血液が「いつ会える」って聞きそうになる
(こすぎ) そうやって駆けてく足と手のふりが祖父に似てくる孫というもの
ひぐらしひなつ)七月の横断歩道を駆けてくる陰をひなたを突き抜けながら
016:絹(151〜177)
(冥亭)おとめごの肌(はだえ)より涌くきらめきで絹糸つむぐ虫もありけり
(ぱぴこ)絹糸の寝息に巻かれ月明かり子を抱いたまま青白い繭
(黒崎聡美)絹を裂くような声など今までに発したろうか 春の雨降る
(美亜) わたくしの花がふたたび咲くように絹の下着を選び取る朝
(千葉けい) さざ波は絹の光沢さらさらのシーツに揺れる短夜の夢
(琥珀) 絹を吐く ただその為に生きるのか 桑噛む音に哀しみを知る
(星桔梗)正絹の衣一枚衝立に二人の距離を見透かされてる
(晴流奏)手の平の絹漉し豆腐大切にすべき想いに今頃気付く
019:層(132〜156)
(史緒) 沈黙の地層深くに横たわるアンモナイトは碧を夢みる
(揚巻) 再生の鐘鳴りやまずかなしみのどの層位にも浮かぶ小夜曲
佐藤紀子)ひつそりと時間の層に埋まりゆく逢ひしあの日も別れし時も
020:幻(130〜154)
(久哲) 小規模な幻想帯を持ったまま時間につぶされている喫茶店
027:水(102〜126)
(史緒) 不都合な昨日を捨てた水槽で金魚が一尾欠伸している
(佐田やよい)水筒に氷ばかりが残されて夏の終わりをひとりで歩く
(髭彦)フクシマを水に流せぬ過去にせむ胸底深く刻みきざみて
(萱野芙蓉)肯いてそしてわたしは嘘をつく桜桃あまく熟れよ水無月
032:町(79〜103) 
(シホ) たんたんと 日々は流れて 時は過ぎ 鴉が鳴いて 町は夕暮れ 
ウクレレ) きみの住む町の名前がカーナビに表示されれば揺れる菜の花
(史緒)この町の言葉にも慣れ朝夕に挨拶交わす八度目の夏
(南葦太)通過する君の育った町並みは寝息を立てる工場地帯
(miki)口開けし地震の爪跡我が町も 道路(みち)のうねりやヒビ長き壁
(紗都子) 地平線より湧きあがる春がすみ記憶の町はゆるやかに立つ
(伊倉ほたる)雨の日は灰色になる町にいて足に合わないヒールを磨く
045:幼稚(51〜78)
(夏樹かのこ)幼稚さは五十歩百歩はしゃぐ子に耳を塞いだ大人ぶりっ子
(富田林薫) 幼稚園バスの窓から夏空の青い帽子の飛び跳ねる朝
046:奏(52〜76)
(青野ことり)さみしさを忘れられないからじゃない合奏曲をひとりで鳴らす
(髭彦)バスーンの奏づる深き鎮魂の曲生ましめぬ三一一は
072:汚(26〜50)
(蜂田 聞) 原発の汚れちまった悲しみに必要悪がまだこびりつく
(津野)残されし汚名を抱いて鬼となる軽き覚悟で登る階(きざはし)
(廣田) 悪徳を知りそめし夏過ぎさりて生徒手帳の汚れを落とす