題詠2012選歌集(その30)

         選歌集・その30


003:散(181〜205)
(田中ましろ)夜ひとつください 雨を散りばめてそこにあなたを落としてあそぶ
(つばめ)桜ではない花が散る6月も誰かの中で何かが終わる
021:示(104〜128)
佐藤紀子) 「本日で閉店します」と掲示して町の豆腐屋明かりを消しぬ
(わたつみいさな)他人事のように未来の方向を示した指に噛みついている
(たえなかすず) スイマーは恋のさなかにターンせり空の一点示すつまさき
049:敷(51〜75)
(五十嵐きよみ)ハンカチの代わりに木漏れ日を敷いて腰を降ろせば五月が薫る
佐藤紀子)風呂敷を纏へば正義の味方なり まだ四歳の〈アンパンマン〉も
050:活(51〜75)
(梅田啓子)砂漠の地に子は活花を習いおりユーカリの枝(え)を剣山に挿して
佐藤紀子)生活の匂ひが少しずつ抜ける 家族が一人減りゆくたびに
052:世話(51〜75)
(小夜こなた)「お世話様」レジにてぽつり呟けばはにかむような少女の笑顔
054:武(51〜75)
(七十路ばばの独り言)武蔵野の面影残る平林寺赤松林にくぐもる読経
(本間紫織)浮かんでは沈めるひとの名が溶けた武蔵野線は夕陽を乗せて
(佐藤満八)武道場脇の小道をすり抜けて河原に出れば夕陽が沈む
(五十嵐きよみ)武蔵野の台地を横切りオレンジと黄色の電車が競いつつ行く
(柳めぐみ)恋人の故郷であれば武蔵野に越したり空の大きな街だ
066:息(26〜50)
(はこべ)聞香は三息で聞くと教えられ惜しみつつ送る次客へ香炉を
(ありくし)終末の吐息若葉の霜となり光に消ゆるまでのたまゆら
(廣珍堂)積雪に 真っ白な息で 遊ぶ子ら 雲の切れ間に 空の青さよ
(アンタレス)ふと出でし吐息重たし思い出に拭いきれない悔いの残りて
(もふ)六十の母は半値で映画見るわが隣にて寝息たてつつ
067:鎖(26〜50)
(はこべ)自在鈎師の形見なり吊るされし鎖の数だけ教えが還る
(ありくし)切り口の錆びた鎖を見ています。もう十年が過ぎていたのか
(アンタレス)吾が命守る酸素の鎖あり繋がれしまま自由うばわる
(粉粧楼) 密やかに不協和音は連鎖して予定調和のワルツ始まる
068:巨(27〜51)
(コバライチ*キコ)暗き世を描けるゴヤの巨人の絵民衆の眼はみな怯えいて
069:カレー(26〜51)
(もふ)休館と知らず訪う図書館にカレー粉まぶすごとき猫あり
(粉粧楼)越えられぬ距離持て余す夜の果てカレー海峡渡る夢見る
(原田 町)さいか屋の大食堂のカツカレー好きだった子も店も去りたり