名乗り(スペース・マガジン11月号)

 例によって、スペース・マガジン(日立市で刊行されているタウン誌)からの転載である。


     [愚想管見]  名乗り      西中眞二郎

 国会の議員会館に議員を訪問すると、入口の受付で、氏名や所属、用件などを受付票に記載し、電話で取り次いで貰う仕組みになっている。通産省を退官した後、所属に「元通産省」と書いたら、受付の人から、「以前の所属ではなく現在の所属を書くように」と言われたことがある。「通産省当時のお付合いなので、現在の会社名では通じないかも知れない」と釈明したのだが、受付の人は頑として「現在の所属」にこだわる。結局指示に従ったのだが、案の定話が先方に通じない。受付の人が「元通産省に居た方のようです」と補足したら、難なく了解して貰えた。大分以前の話だから、いまも同様かどうかは知らないが、マニュアル通り(?)の硬直化した対応が無用の混乱を招くのだと思う。
 仕事を離れた現在の私でも、名乗りについてはさまざまな選択肢がある。役所当時の知人に電話するときには「通産省OBの西中ですが」と言うし、「東京の」、「練馬区の」、「ご近所の」、「大学同期の」、「親戚の」等々、さまざまな「形容詞」があり、相手に応じてそれを使い分けている。もちろん「西中ですが」だけで通じる相手もいるが、電話の相手が本人でなく奥さんの場合などは、何かの形容詞を付ける方がベターだと思っている。
 私の姓の「西中」は比較的珍しい姓なので問題は少ないかも知れないが、もっとポピュラーな姓の場合などは、形容詞が不可欠だろう。「鈴木ですが」という名乗りの場合など、そのときの局面や相手の声などですぐに判る場合もあるが、「どちらの鈴木さんですか。鈴木さんという方は何人か存じ上げていますので。」と問い返さなければならない場合も多い。
 我が家では、電話の親機がリビングにあり、私の書斎の机の上に子機があるので、書斎にいるときは私が受話器を取ることが多いのだが、「形容詞」の有無は大体半々くらいだろうか。「形容詞」なしで相手が判る場合でも「どの○○さんだろうか」と一瞬思いを巡らすこともあるし、家内あての電話のときなどは問い返す場合も多い。
 電話を掛けたときの名乗りの際、もう一つ迷うのは、「西中ですが」なのか「西中と申しますが」のどちらにしようかという選択だ。親しい相手の場合は前者だろうし、はじめての相手の場合は当然後者だろうが、その中間の相手の場合は迷ってしまう。私の行きつけの理髪店に予約の電話を入れる場合、馴染みの店だから「西中ですが」で良いような気もするが、電話に出た相手が馴染みの人とは限らないので、大事をとって(?)「西中と申しますが」を常用している。これも、相手によっては「随分よそよそしい」という印象を受けるかも知れない。たしかに、親しい友人から「大学同期の○○と申しますが」という類の電話が掛って来ると、「礼儀正しい」と思うよりは、「そんなこと知ってるよ」と思ってしまうことの方が多いだろう。他方、セールスの電話などで、いかにも親しげに「○○の△△ですが」と名乗られると、随分馴れ馴れしい失礼な奴だという印象を受けることもある。先方は親しみをこめている積りかもしれないが、これでは逆効果だろう。
 どうということのない話ではあるが、名乗りというもの、結構むずかしいケースもあると思ったりする。(スペース・マガジン11月号所収)