題詠100首選歌集(その10)

          選歌集・その10(4・30〜6・11)
020:含
(Mamiko Kuwahara)空色を少し含んだノートには純白の字を書いてみたいね
021:ハート
(Mamiko Kuwahara)トランプの占い信じてみようかなハートのクイーン微笑んだ夜
028:脈
(有櫛由之)夜光虫のさみどりの水脈ひきてなほ風寒し祖国とはどこまで?
030:失恋
(kei)あの角を曲がったあたり失恋を捨て置く大きな箱があります
040:咳
(有櫛由之)もづく酢に咳き込みて飲む浦霞蚊絣の袖滲むゆふづき
042:臨
(五十嵐きよみ)録画した番組なのについ焦る臨時ニュースのテロップが出て
051:旨
(五十嵐きよみ)休日に椎名誠のエッセイを読み終え味わうビールの旨さ
053:波
沼谷香澄)小刻みに波打つ髭を左だけ出して寝ており正午のねこは
(五十嵐きよみ)久々に書棚の奥から抜き出せば岩波文庫の文字の小ささ
061:版
(muku)デコボコの想いにインク流し込み 版画に刷れば君が浮き出る
062:歴
(八慧)過ぎた日の着信履歴見返して削除をいくつ繰り返す夏
(muku)手にとって確める術無き愛を メールの履歴読み返し探す
063:律
(中村成志)新緑の楓の幹に調律をするごとくまた額を当てる
069:枕
(八慧)枕絵を見せて誘えば逃げもせず素知らぬ顔で握り返す手
070:凝
(中村成志)短針のあゆみは遅く取り皿の煮凝りのまた溶けゆく真昼
(八慧)目を凝らし見つめる振りのあぶな絵にふたりの想い重なっていく
(muku)溢れ出る駅の人波目を凝らし たったひとつの笑顔を探す 
072:還
(田中彼方)さまざまな分子に還り今、君はたぶんここにも居るのだろうね。
沼谷香澄)日に一度午前三時は還りきてほらまたねこが遠鳴きをする
079:釈
(はこべ)解釈は自由なりとう能楽の断定避ける言の葉ゆかし
082:棺
(櫻井真理子)眠るがにみえて朽ちゆく石棺につひの日の来ぬチェルノブイリ
083:笠
(櫻井真理子)わだかまり少なき基地のまちとして三笠の浮かぶ海の辺はある
084:剃
(櫻井真理子)あふのけのこころ死にたり剃毛を好めるひとのまなかひにゐて
085:つまり
(櫻井真理子)煮つまりし林檎のごときひとときの黙をたのしむ夜ごとの電話
088:宿
(櫻井真理子)泊まりえぬひとをかへしてふたりぶん手足をのばすひとよの宿に
093:拍
(櫻井真理子)ひそやかな拍動のあり傾ぎゆくなみうちぎはに憩ふまひる
096:樽
(櫻井真理子)ひそやかなときを熟れにし樽柿はほほ笑みゐたる老いびとのごと
097:停
(田中彼方)子どもたちは台風みたいと喜んで、スマホの灯りをかこむ停電。
099:品
(櫻井真理子)ヒバクシャの遺品にむかふひとときを望みしと聞くバラク・オバマ
(田中彼方)手品師は指を鳴らして、観客をひとり残らず消してしまった。