題詠百首選歌集・その47

 今宵は仲秋の名月。幸い空も晴れ、我が家の近所を一回りして月見をして来たところだ。すっかり秋の気配で、月も心なしかいつもより大きく見える。もっとも、月が少しいびつに見えたのは私の目の錯覚か・・・。


        選歌集・その47


007:スプーン(235〜259)
(はせがわゆづ)強がりが崩れるスプーン一杯のやさしさを君は珈琲に溶く
(うめさん) 一ヶ月会はざるうちにみどりごはスプーン握り粥をすくへり
(あんぐ)夏の日に作るパスタの仕上げには大きなスプーン一杯の幸
(新藤伊織)好きじゃないかたちのスプーンしかなくてみかんゼリーの蜜柑だけ食む
(*ビッケ*) 君からは見えないスプーンの窪みには君の知らない逆さまな僕
(佐藤羽美)書きかけのメモも離婚もそのままにプッチンプリンをスプーンで掬う
029:国(129〜154)
(睡蓮。) 赤とんぼ群れる田んぼに秋遠く国道沿いは36度
今泉洋子) 夾竹桃咲けば思ほゆキュロットの国防色を嫌ひし父を
(やや) 満月とドライブをする雨あがり国道(ルート)2号よ空まで続け
031:雪(130〜154)
(岡元らいら)はつなつの光まぶしくいつまでも汚れた根雪がある場所にいる
今泉洋子) ふつくらとお餅のやうに会ひたしと深夜メールに雪降り初むる
(pakari) どこからが陸であるかと問う君をみたくて雪の故郷へ呼ぶ
061:論(76〜100)
(寺田 ゆたか) 孔子廟参道沿ひの売店論語豆本並みて秋来ぬ
(月原真幸)正論を振りかざしてる人がいてそ知らぬ顔のアイスカフェラテ
(素人屋)述べ立てる理論空論さっぱりと洗い流して鳴く蝉時雨
(はな)正論の陽射しを避けて日傘さす私の肌はずるくて白い
075:鳥(51〜75)
(振戸りく)夜に飛ぶ覚悟を決めた鳥たちがざわめいている日比谷公園
(大辻隆弘)雨のなかに見ひらく鳥のまなこさへつややかに秋は見えてあまねし
(桑原憂太郎) 先生はみてゐるだけと生徒らに言はれし教師は鳥の目となる
(智理北杜)「火の鳥」のフィナーレ飾る金管を聴くため幾度も針を落としぬ...
077:写真(51〜76)
(よさ)なめらかに写真を包む思い出の数が足りなくなってしまって
(きくこ)一瞬をとらえて過去に置き去りし写真の魔術悲しくもあり
(寺田 ゆたか)そのかみの単独行の山旅のセピア写真に人影はなし
(百田きりん)出会わなくなった未来に礼をして証明写真の残りをしまう
(大辻隆弘)ひとひらの写真(うつしゑ)として過ぎてゆく夕べ踏みたる雲の翳りも
(桑原憂太郎)思ひ出もこもごも残し学級の集合写真に茶髪光れり
093:祝(26〜50)
(村本希理子)おのおのの名の添へられた祝ひ箸あり元旦のすがしき卓に
(中村成志)この夏を知るはずだった人のためあおい器で汲む祝い水
(五十嵐きよみ) 裏声になるでも皮肉を滲ませるでもない祝福だからせつない
094:社会(26〜51)
(香山凛志) 汝は世界、我は社会と呼ぶものの不確かさゆえすれ違いたり
(村本希理子) みたりより始まる社会ときくからに夫を迎へて三人家族
(香-キョウ-)今日もまた 人のあいだをすり抜けて 錯覚している 「これが社会」と。
(大辻隆弘)リヴァイアサンの濡れたる脚がちかづいて社会契約論の黄昏
096:模様(26〜50)
(春畑 茜) しばらくは雲の模様を眺めゐむ世に在りしひとりひとりを胸に
(みゆ)雪解けて尾瀬のせせらぎ水芭蕉 モザイク模様水面(みずも)に描く
(原田 町) けふもまた模様ながめの夏空に積乱雲のぐんぐん昇る
(中村成志)午後6時サンダルじゃもうさむくって京急青砥は雨模様です
(智理北杜)手話で言葉を交わしつつ作るクッキーがきれいな市松模様を描く...
097:話(26〜50)
(春畑 茜)それからのわれを過ぎたる春秋(しゆんじう)の話さばながきながき夕光(ゆふかげ)
(みゆ)宵の道足元くすぐる月見草 おとぎ話のうさぎはいずこ
(原田 町)ここだけの話のはずが飛び火してどうにもならぬよツクツクホウシ
(村本希理子)をさなごの内緒話をききながらみどりの夏を追ひ越してゆく
(aruka) ぼくらみな言葉でできたまちに棲みおなじ話をかたりつづける